第9話凛サイド~朝の一時
カップルとして泊まったんでしょ……って、係長の前で何を言ってくれちゃってるの~ッ!!
私は盛大に心の中ではアワアワしながらも、見た目だけはピクリと眉が上がっただけだったと思う。
天音は可愛く頬を膨らませてみせるが、やはりそれは社会人男性としてはどうかと思う。
「カ……カップル~ッ?! 」
どこから声を出しているんだってぐらい裏返った声で係長は叫ぶ。
「僕と凛さんがカップルだとおかしいですか? 」
「おかしいもなにも、年が違うだろ」
「ええ? 凛さんって、二十五・六ですよね? 」
「はい。五月で二十七になりますけど」
「凛さん五月生まれなんですね?ちなみに何日ですか? 」
「五日です」
「凄いです! 運命感じちゃいますね。僕は三月三日生まれです。ちなみに二十二ですので、凛さんとは四才差ですね。ちなみに係長は? 」
「三十四だ」
「じゃあ凛さんとは八才差ですね。係長と凛さんよりは僕と凛さんの方が自然な年の差だと思いますけど」
あくまでもニコニコ。何か問題でもありますか? と言わんばかりの表情は、無害に見えて実は尊大だったりしないだろうか?
係長のコメカミもヒクヒクしているような……。
「男と女は違うだろ」
「どうしてですか? 女性の方が長生きだし、男が年下の方が長く一緒にいられますよ」
「おまえは社会人一年目だろ。女にうつつをぬかしてる場合じゃないだろう」
「やだなあ、いくら上司でも部下の恋愛に口を出さないでくださいよ。うちは社内恋愛禁止じゃないでしょう? 」
「男の二十後半と女のそれじゃ、恋愛にたいする思い入れだって違う。責任とれるのか」
とてもじゃないが、部下の女性を酔い潰してお持ち帰りしようと目論んでいた既婚男性の言葉とも思えない。
「責任ですか? 僕はいつでも。凛さんはすぐに結婚したいですか? 」
「特に考えたことはありません。男性とお付き合いするつもりもありませんでしたから」
「じゃあ問題ないですね。僕達のペースで恋愛しましょう」
恋愛……できるのかしら?
というか、恋愛感情自体理解できないのだけれど。
お付き合いしましょうっていうのも、お互いに回りへの牽制の為の利害一致の結果な訳だし。
「じゃ、そういうことで。僕達はお先に失礼します。凛さん、行きましょう」
「はい」
何やら苦々しい表情の係長を置き去りに、天音は食べ終わったトレイを手に立ち上がった。
天音が二人分片付けてくれ、私の腕にスルリと腕を通す。
「じゃあ、お疲れでした」
喫茶店を出ると、天音はクスクス笑いだした。
「係長、未練タラタラでしたね」
「未練って? 」
「そりゃ、本当は僕じゃなくて自分が凛さんをお持ち帰りするつもりだったのにって思ったんでしょ。僕と付き合ったりしちゃったら、これから先、自分が手を出しにくくなるから牽制したかったんでしょうし。普通あんな場所で遭遇しちゃったら、気まず過ぎてわざわざ話ししようなんて思わないでしょ。しかも、係長は女連れじゃなかったんだから、言い訳はたちますしね。まあ、女性に逃げられたんじゃなきゃ、あんな場所に一人で入る理由は一つでしょうけど」
「理由って? 」
天音の笑みに黒さが滲み出てる気がするのは気のせいだろうか?
「まあ、凛さんは知らなくていいです。あの人、これからも凛さんにちょっかいかけてきそうですから、気をつけてくださいね」
「そんな。だって、係長には奥様がいるのよ」
「それはそれ、これはこれって言うでしょ」
「……」
最低だな、係長。
「そんな、イヤそうな顔しないでくださいよ」
私は驚いて天音を見た。といっても、その驚きが表情に出ているとも思えないけど。
「あ、その表情も可愛いですね」
思わず立ち止まってしまい、マジマジと天音を見つめる。
ヒールを履くとあまり身長に差はなく、ちょっと気まずくなってしまう程の距離だ。
「私……あまり表情に出ない方だと思うんだけれど」
「そうですか? わかりやすいですけどね」
本気で言ってるんだろうか?
まさか超能力?!
表情じゃなくて、私の心の声が聞こえるとか。
もしそうなら、誰がストーカーしてるとかもわかるかしら?
痴漢しそうな人とかもわかるかしら?
「凛さん、なんかとんでもないこと考えてませんか? 」
「あなた、やっぱりエスパーなの? 」
「ブハッ! そんな訳ないじゃないですか」
天音の笑顔が何やらいつもと違うような……。いつもはもう少し天真爛漫というか無邪気っぽいというか。
「僕は昔から人の顔色を見るのが得意なんですよ。上に傍若無人な姉が二人いるせいだと思いますけどね」
「お姉さんがいるんですね」
「はい。とんでもないのが二人も。凛さんは? 兄弟はいるんですか? 」
「いえ、一人っ子です」
「っぽいですね」
「そう……ですか? 」
立ち止まって顔を見合わせていたが、なんとなくどちらからともなくゆっくり歩きだした。今まで親しい友達がいたこともなく、普通の会話というのがわからなかったけれど、今は自然に会話しているような気がした。
異性として警戒する必要もなさそうで、近しい雰囲気が心地よい。それに、さっきの笑顔は何て言うか凄く好ましかった。
駅に向かうまでの道、初めて気負うことなく人と会話をすることができた。
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