第11話 凛サイド~社食にて
人生初の恋人ができてから二週間。毎朝おはようのラインがきて、数度のラインの交換をし、お休みでしめる。
はっきり言って、何と返していいかわからない。彼氏どころか、ラインのやりとりをする親しい友達すらいたことがないのだから、自然なやりとりということすら難しい。
この二週間、ライン以外の接触はない。
これは本当に彼氏でいいのだろうか?
私にとって笹本天音の存在は本当に難しい。
★★★
誰と食べる予定もなかったお弁当を社食で食べてきた私は、自分のデスクに戻ろうとした時、「アーン」をしている天音を見てしまった。
天音に「アーン」をしているのは、新人一番人気の有栖川希美。小さくてフワフワして可愛くて、私と対極にあるみたいな女の子。天音は、ああいう子の隣りにいるのが似合うと思うんだけど、私と人避けの為に恋愛しようなんて、恋愛に興味がない今時の草食系男子とかいうのなんだろうか?
性別不詳(裸はしっかり男性だったけど)だけど、いつもニコニコして愛くるしい(男性の褒め言葉じゃないかな? )天音なのに、まったくもってもったいない話しだ。
そんな他愛もないことを考えていると、いきなりこちらを向いた天音と視線があったと思ったら、満面に笑みを浮かべて小走りでやってきた。
「凛さん、お昼食べちゃったんですか? 僕まだなんですよ。社食に付き合ってもらえません? お茶とケーキおごりますから。話しあるんですよ」
話しって何だろう?
それにしても、尻尾があったらブンブン振り回しているんじゃないかっていうくらいの人懐っこい笑顔だ。何となく実家のアパートで大家さんが飼っていたマルを思い出す。この春逝ってしまったが、マルには何度となく自称私に恋する男子達を撃退してもらった。一方的な恋慕からあとをつけ、家を特定し、下手したら下着類などの洗濯物を盗もうとする彼らは、今ならストーカーだったんだなとわかる。
通常はなつっこいマルも、彼らにだけは容赦なかった。最高の番犬だったなぁ。
つい、マルを思い出して涙腺が弛みそうになった時、なぜか天音が泣きそうな顔でへにゃりと笑った。
何だ、この可愛らしい生き物は?
「駄目ですか?」
「いいけど……。お茶もケーキもいらないわ。おなかはいっぱいなの」
「じゃ行きましょ」
天音がスルリと私の腕を取ってきた。さっきの「アーン」といい、他人との距離が近い子なんだな。多分、パーソナルスペースが私の半分以下だろう。
「会社でこういうのはどうかと思うわ」
「じゃ、外ならいいんですね? 」
「……」
私のパーソナルスペースは半径一メートル以上外なんだけどな。
何と返したら良いかわからず、私達は肩が触れあうくらいの距離で歩き社食に向かった。
★★★
「凛さんって、いつもお弁当なんですか? 」
「まあ、だいたいはそうね」
「ふわー、じゃあ夜とかも自炊ですか? 」
「そうね」
「凄いっすねぇ。僕ご飯なんか作れないです。自宅だから必要もないんですけどね。凛さんは? 自炊ってことは独り暮らし? 」
「そうね」
さっきから、天音は酢豚定食を美味しそうにたいらげながら、ひたすら私に質問してきていた。
私は相槌をうっていただけのように思うが、何故か天音の情報がわんさか頭に入ってくる。
都内の一軒家に家族五人で住んでいること。女王様気質の姉が二人いて、いつもこきつかわれていること。両親の仲が良く、いまだにイチャイチャしていること。小中は地元の公立に、高校受験で大学は持ち上がりだったこと。家にゴールデンレトリバーを飼っていること。そして料理ができないこと。
私から話題を振らなくても一人で喋っているし、私のことを聞いてきてもしつこく掘り下げることもしないし、話して(聞いて? )いて凄く楽だった。
「凛さん、それで話しなんですけどね」
「今までのが話しじゃないの? 」
定食を食べ終わって、天音は僅かに私との距離を縮めるように椅子を寄せた。
今まで沢山喋っていたから、てっきり今まで喋っていたのが話したかったことだと思っていたが違ったらしい。
「違いますよ。そりゃ凛さんのこと沢山知りたいなとは思ってましたけど、まあそれはおいおい」
おいおいって、そんなに話す程の個人情報はないんだけれど。
「はあ。それで? 」
「僕達が付き合ってるのって、公表していいんですよね? うちの会社って、社内恋愛禁止じゃないみたいだし、言っちゃっても問題ないですよね? というか、言わないと他の人への威嚇にならないですよね? 」
「まあ……そうね」
何やらさっきから「そうね」しか言っていない気がする。
「そしたら、もっとアピールした方がいいと思いません? 」
「そう……ね? 」
アピールと言っても、仕方がわからない。まさか職場でイチャコラする訳にもいかないし、付き合ってると宣言する訳にもいかない。聞かれたら「実は……」的に話すくらい? でも、親しい人間がいない私にそんなプライベートを聞いてくる人がいるとも思えない。
「えっと、具体的にどうすればいいのかしら? 」
「そうですね。まずはなるべく一緒にお昼食べましょう」
「まあ、私はほぼ定時で休み取れるけれど、営業で外回りが多いあなたは難しいんじゃない? 」
「……確かに。じゃ、帰りは?一緒に帰るとか」
「私はほぼ定時よ? 」
「じゃあ週に一回、金曜日の夜だけでも一緒にご飯しましょう。あとは凛さんが残業の時」
「まあ、金曜日なら次の日休みだからあまり遅くならないようなら待てなくはないけど……」
天音はまだ一年目だから、そんなに残業が多い訳でもないのだろうが、今は先輩について回っているから、毎日定時には帰れてないようだった。それに比べ営業とはいえ事務仕事の私はほぼ定時だ。
まあ、あまりに同じ時間に退社すると、ストーカー男につきまとわれたり待ち伏せされたりするから、なるべく時間をずらして帰るようにはしていたが。
「じゃあ、金曜日は毎週デートってことで」
「食事するだけよね? 」
「ご飯デートですよ。なれたら休日デートもしましょうね」
「はあ……」
デートなどしたことないのだけれど……。金曜日は少しはお洒落をした方がいいんだろうか? でも会社だし……。
「金曜日が楽しみです。何か、仕事にもやる気がでちゃうな」
邪気のない笑顔に、戸惑いばかりが大きくなる。
こんなに純真そうな若者を、男避けの為だけに利用していいのだろうか? お互い様らしいけれど、天音の対人スキルならばきちんと断れるだろうし、私ばかりが得しているような気がしてならない。
天音が恋人のフリは無理だから本当の恋人になろうと言ったけれど、恋愛経験のない私には、本当の恋人がすることもわからない。
わからないけれど、精一杯彼の女の子避けになるように、本物の恋人のようにふるまえるといいのだけれど……。
「……あの、お付き合いするって本当によくわからなくて。デートというのもしたことないし。だから年下のあなたに頼りきりになってしまうと思うの」
「デート……したことないんですか? 」
天音の目がまん丸になる。
「ええ。何か特殊な人ばかりに好かれるみたいで……」
「特殊って? 」
今まであったストーカー行為を羅列していく。
ただの恋愛というより、何故か熱狂的なファンみたいになる人が多く、たまに変態的に近付いてくる男がいたこともあった。
今までは、告白してくる男が普通の男かストーカーかの区別もつかず、恋愛を全てシャットアウトしてきたのだ。
まあ、父親みたいに誰彼構わず良い顔をしたくない……ということもあり、自分に感情がないのに付き合うという選択肢がなかったのもあった。
「何か……大変だったんですね」
「そうね。だいぶ自衛の仕方を学んだかもしれないわ。最近はそこまで酷くつきまとってくる人は……係長くらいだし」
酷くつきまとってくる人はいないと言いかけて、最近あった傍迷惑な噂を思い出した。実際に誰かから聞いた訳ではないが、私を見ながらわざと聞こえるように喋っていた女子社員がいたのだ。私が係長の愛人をしているらしいと。
私に告白してふられた男か、はたまたその男の彼女だった女が流した噂ということも考えられるけれど、係長本人が流した噂に違いないとふんでいる。噂で外堀を埋め、酔い潰して既成事実を作ろうとしたんだろう。
「係長……とは付き合ったことはないんですよね? 」
「……はぁ。仕事以外で、個人的にお会いしたことも、話したこともないわ。変な噂が流れてるみたいだけれど」
「なら、早く僕との噂で置き換えないとですね。頑張りましょう」
「わからない面は色々ご教示お願いしますね」
「が……頑張ります! 」
軽く頭を下げてから天音を見つめると、ボボボボ……と天音の顔が赤くなった。
やっぱり可愛らしいわ、この
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