第12話 天音サイド~恋人宣言

 ご教示くださいって、恋愛についてだよね?

 あれやこれや教えて欲しいってこと?

 しかも、今までデートしたことないって、つまりは彼氏とかいたことないってこと?

 こんなにキレイな人が?

 誰の唾もついてないって?


 ウッソだぁ~ッ!!


 色んなことがを想像して、僕の顔は真っ赤に染まった。


 ★★★


 凛と営業のフロアに戻り、内勤をこなしつつ凛の後ろ姿をチラ見しては脳内で悶えていた。

 ストレートの黒髪を無造作に結って見える白いうなじ、ピンとのびた背筋、くびれたウエスト……。事務の制服が透けて、あの日に見た艶かしい後ろ姿が思い出されてならない。




 あの日……ラブホテルに二人で入ったあの日、酔いが覚めたようで実は覚めていなかった凛は、部屋でビールをあおった。初めて入ってしまったラブホテルに動揺したからなんだろうけど、元から無表情なうえ酔いも顔にでにくい体質だった為、僕も止めることなく一緒に数本空けてその後……。


 いや、絶対に僕以外の人間の前では飲ませないようにしないとだな。僕と一緒の時は寧ろガンガン飲んじゃっても……ううんッ!まぁ、天国で地獄を味わったっていうか、最終的には据え膳が辛すぎたけど。


 凛はたて続けにビールをあおった後、ほとんど会話をすることなく「寝る! 」とつぶやいて服をぽいぽい脱ぎ出したんだ。しかも何故かオールヌード。僕は背中しか(素敵なお尻はガン見しちゃったけどね)見えなかったけど、全く迷いのない脱ぎっぷりに、誘われてる??? って、思わず僕も全裸になって彼女が入ったベッドにお邪魔した。


 背中を向けて横たわる凛からは良い香りがして、そっとウエストに手を回して髪の毛に顔を埋めた。

 そのウエストが信じられないくらい細くて、しっとりとした肌触りで、いっきに酔いが回るかと思ったよ。


 でも……でも、いくら呼び掛けてても返事がなくて、恐る恐る覗き込んだら爆睡してた。

 さりげな~くお伺いをたてるように撫でてみたが、生きてるのか?! と思ってしまうくらいまんじりともしなくて、僕は大きなため息とともに脱力してしまった。


 だって、泥酔して寝ている女性に何もできないじゃん。そこまで鬼畜じゃないし、どんなに誘惑が大きくても、下半身がとんでもないことになってても、寝てるんじゃね。

 手を出さないとはいえ、抱き込んで寝るくらいのご褒美はあっても言い筈だと、自分の中で言い訳をしつつ、しっかり凛の体温を感じて一晩をあかした。




 という訳で、僕の頭の中には現物の凛の裸の後ろ姿がくっきりはっきりとやきついており、つい脳内変換してしまうのは、それだけ凛が魅力的過ぎるからで、決して僕がエロいからじゃない。

 第一、今までだって相手からグイグイこられてそれなりの経験はあるけど、僕から何かしようとしたことないし、女の子見て欲情したことだってない。


 それなのに、凛の背中を見ていると……。


「天音君、高柳さんに何の用事だったの? 事務のことなら私もわかることあるかもよ」

「いや、仕事のことじゃないし」


 希美が僕の肩に手を置きつつ、わざとらしく身体を寄せてくる。

 事務のことなら自分に聞けって、同じ新入社員のくせに笑える。

 何馬鹿なこと言ってんだかと思いながらも、そんなことは表情に出さない。


「そうなの? でもほら、係長とかに睨まれちゃうかもだから、あんま高柳さんには近寄らない方がいいよ」


 内緒話しのように耳元に口を寄せながら、甘ったるい喋り方をしてくる。


「それは無理だなあ。だって僕達付き合ってるもん」


 さらっと言うと、希美はぽかんとした顔をする。言っていることが理解できないという顔つきをしている。


「有栖川さん、とっくに午後の仕事始まってるわよ! 午前に頼んでおいた資料のコピーは終わってる? 二十部よ」

「あ! まだ……」

「早くやりなさい! 」

「はい!! 」


 希美は、営業事務のお局様にキャンキャン言われながら、慌てて自分の席に戻った。


「笹本君、高柳さんと付き合ってたの? 」


 隣りの席の春香が、PCの画面から視線をそらさず、相変わらずの無表情で聞いてきた。


「まあね」

「ふーん」


 話しはそれから弾むことなく、お互い仕事を進める。

 あまりに無感情、興味がありませんという態度に、清々しささえ感じてしまう。

 凛みたいなタイプも珍しいが、春香みたいなタイプにも会ったことがない。


 終業十分前に、希美が僕の席に突進してきた。


「天音君、今日暇?! 暇にして! 話しがあるの」

「って、暇じゃないよ。七時までに取引先から資料が届く筈だから、それを確認してからじゃないと帰れないし」


 営業事務の女子社員はだいたい定時であがる。女子社員はみな仕事を切り上げ始め、時計とにらめっこしている。希美は早々にあとは着替えるだけの状態のようだ。


「じゃ、待つから。ね、春香ちゃん」

「私? 何で私まで」


 PCのバックアップを終了して電源を落とした春香が、冷たい視線を寄越してくる。


「だって、春香ちゃんだって気になるでしょ? 天音君が高柳さんにたぶらかされてるかもしれないんだから。同期としては話しを聞かないとじゃない」

「たぶらかすって……。別にいい大人なんだから放置でいいじゃない。私は帰ってビデオ見ないとだからパス」

「ビデオならいつでも見れるじゃないのよ~ッ。春香ちゃん冷た過ぎ! 」

「いや、別に笹本君が誰と付き合ってるかなんて興味ないし」

「だって高柳さんとだよ?! あり得ないじゃん。天音君が騙されてるに決まってる! 」

「終業時間になったよ」

「あ、お疲れ」


 春香はあっさりと席を立ち、希美を置いてきぼりにしてしまう。ここは連れて帰って欲しかったな。


「私は待ってるから! 天音君の話し聞くし! ね、相談のるから!」


 相談するような話すことなんかないのだが。


「終わったらラインちょうだい。前の喫茶店で待ってるから。じゃあ、後でね! 」


 希美は勝手に約束して着替えに行ってしまった。

 会社前の喫茶店じゃ、見張られているようなものだ。無視して帰っても捕まりそうだ。


 希美と二人……嫌過ぎる。面倒くさい!


 凛の席を見ると、すでに帰った後らしくキレイに整えられたデスクに椅子がきっちりしまわれていた。


 よし! 裏から帰ろう!


 かなり早くに資料が送られてきて、その処理を手早く終わらせると、僕はそさくさと裏の通用扉へ向かった。会社を出て駅についてから希美にラインを送信。


 ”ごめんね、用事ができたから帰らないといけなくなった”


 既読がついたのを確認してスマホの電源をオフる。

 電話かかってきてもウザイからね。

 これで嫌ってくれるといいんだけど。


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