第13話 天音サイド~凛サイド~金曜日の飲み会

 どうしてこうなったのか……。


 僕の左横には希美が座っている。向かい側には僕の対面に凛、その横に凛と同期の榎本がいた。


 これ、並び順違くないか?


 初デートになる筈の金曜日の夜、何故かこの面子で居酒屋の個室にいた。


 付き合ってるアピールに、凛と会社の前の喫茶店で待ち合わせていたのまでは良かったのだが、そこに希美が乱入。強引に一緒に飲みに行くことにされ、喫茶店を出たところで榎本と遭遇し、希美を押し付けようと一緒に引っ張ってきたのだ。


「天音君はビール? 私はカシスオレンジにしようかなぁ。ビールって苦くって」

「榎本さんはどうしますか? 凛さんは? 」


 まず先に先輩に聞こうよとばかりに、僕はメニューを榎本と凛の方へ向けた。


「俺、生。高柳は? 」

「ウーロン茶で」

「えー、高柳さん飲まないんですか? 飲めますよね。この間だって、係長の横でグイグイ飲んでましたもんね」


 飲んでたんじゃなくて飲まされてたんだよと思いながら、希美を無視してタブレットで注文を入れた。


「食べ物どうします? 」

「あ、私トマトとチーズのカプレーゼと、生ハムサラダと……」


 だから、先輩に先に聞こうよ。


「榎本さんは? 」

「じゃあ有栖川ちゃんが言ってたのと、焼き鳥盛り合わせ、あとはホッケとかかな」

「榎本さん注文がオヤジっぽい」


 やはり希美は無視して凛に目を向ける。


「凛さんは? 」

「何でも大丈夫」

「じゃあ、とりあえずそれで。他に頼みたかったら自分で入れてね」


 僕の腕をとって胸をおしつけてくる希美に、注文を済ませたタブレットを真ん中に置いた。


「えーッ、私こういうの使い方わかんないもん。天音君やってぇ。ね、メニューも見れるんでしょ。ほらほらぁ、メニュー見せてぇ」


 希美にグイグイ胸を押し付けながらタブレットを操作するように言われている僕を、榎本は羨ましそうに、凛は相変わらずの無表情で見ている。


「はいはい、メニューを出せばいいんだね」


 いくらくっつかれても、胸を押し付けられても、特に何も感じないんだけどな。まぁ、これが凛ならば話しは違うんだろうけど。グイグイくる希美に、さすがに八方美人の僕も苦笑するしかない。

 というか、一応凛と付き合ってると言った(その後はひたすら希美を避けていたから、今日の突撃を受けた訳だけど)筈なのに、何で当たり前みたいに僕の横に座ったんだろう?

 信じてないのかな?


 それから飲み物が運ばれ、関係性が奇妙な四人で乾杯した。


 ★★★


 私の目の前には、見るからにお似合いなカップルがイチャイチャ(主に女の子の方から)している。

 常に愛想の良い笑顔と小動物系の可愛らしい顔立ちは、同じカテゴリーに入る二人かもしれない。まぁ、男子の方が150%可愛らしい気もするけど。


 甘えるようにしなだれかかり、ぴっとりと身体を寄せる女子を見ると、男性は庇護欲をかきたてられることだろう。こういうのが可愛い女と言うんじゃないのかしら。


 冷静に観察しつつ、ウーロン茶に口をつけた。


 目の前に座るのは、新入社員の笹本天音と有栖川希美。笹本天音……私の彼氏になった筈の子だ。


「そういや、この間の飲み会は大丈夫だったか? 」

「何が? 」


 私は目の前を観察するのを止め、隣りに座る榎本に視線を投げた。彼は私の同期で、とにかくゴツい。私に夢想しない数少ない知人の一人だ。彼の好みはとにかく小さくて可愛らしい娘と言っていたから、もしかしたら希美のような娘がタイプなのかもしれない。


「ほら、途中で消えたからさ」

「大丈夫だったわ」

「係長に飲まされてなかったか?」

「そうね」


 榎本はチラッと前に座る二人を見る。四人で飲んでいるというより、二×二で飲んでいるようだ。希美は天音の顔しか見ていないし、天音に向けてしか話しをしない。


「笹本も途中でいなくなったよな」


 私の眉がピクリと動く。


「そうね」


 多分、ここで私は返答を誤ったらしい。「そうね」ではなく「そうなの? 」と答えるべきだった。私が天音と飲み会を抜け出したのを肯定したようになってしまったから。いや、付き合いをアピールしないといけないから、これはこれで正解だったのかもしれない。

 榎本は少し驚いたように私を見て、次に天音を見て、そしてまた私を見た。


「えーと、つまり、あれか? 」

「あれとは? 」


 榎本は私の方へにじり寄り、いつもは大きな声を小さくして囁いた。


「お持ち帰りしちゃったのか? 」


 係長を避けてラブホテルに入ったのは自分からか天音からかは思い出せないけれど、年齢的にも会社の立場的にも、私に主導権があるのか……と、榎本の発言を聞いて唖然とする。

 つまりは、自分が係長的なことを天音に強いたとなるのだろうか?


「あ、僕トイレ」


 いきなり天音がトイレ宣言して立ち上がった。

 希美が天音の太腿に手を置いていたのか、立ち上がった天音のズボンを撫でるように下がる。


「いってらっしゃ~い。早く戻ってきてね」


 天音が席を立つと、あざと可愛い上目遣いで天音を見つめ、小さく手を振る。

 天音がトイレへ行ってすぐに榎本のスマホがなり、榎本は「すまん」と言ってスマホを手に個室の外に出た。その途端、希美に貼り付いていた男受けしそうな笑顔が消え、意地の悪そうな笑みに変わった。


「高柳先輩ってぇ、職場で色んな男性食べちゃってるって本当ですかぁ? 」

「は? 」

「国際部の上條さんとか、松田さん、うちの係長もか。う・わ・さですけど。なんか、うちの会社のイケメンは食いつくしたって聞きましたよ。さっき、榎本さんとも内緒話しとかして親密そうでしたね。いくら相手がいなくなっても、あれなないわぁ。私、男の人に媚びたりよくわからなくてぇ、高柳先輩に男の人の落とし方教えて欲しいかも」

「……それは無理だわ」


 希美は口角を上げて笑顔を作っているが、目は挑発的に私を睨み付けていた。


「それは、私に高柳さんみたいな魅力がないって言いたいんですか? 」

「そうじゃなくて……」

「そう聞こえます。高柳さんにはいっぱい男の人がいるんだから、四つも下の天音君にまで色目を使うの止めてもらえますか! 」

「色目なんか……」

「天音君誰にでも優しいし、ちょっと距離が近いとこあるから高柳さんが勘違いしちゃうのしょうがないけど、いたいけな後輩を誘惑するのはダメですよね。もう本当、係長に言い付けちゃいますよ」

「はあ? 」

「係長や他の男性と爛れた関係を築くのはかまいませんけどね、純情な天音君には手を出さないで」


 もう、どこをどう正せばいいのかわからない。

 誰とも爛れた関係なんて築いた記憶はないし、自分から天音に手を出したつもりもない。

 偽りの恋人を提案したのは自分だけれど、本当の恋人にと言ってきたのは天音の方だ。誘惑なんかしたつもりは一ミリもないのに。


 睨み付けてくる希美に、私は言葉もなくウーロン茶を啜った。

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