第22話 凛サイド~ ある日の土曜日

 もう、何回天音はうちに泊まりにきたかしら?


 天音は着々と私の部屋に私物を増やしていき、ゲーム機などはすでに置きっぱなしだ。歯ブラシや髭剃り(必要か? と思うくらいツルツル素肌のくせに)、下着や部屋着まで。最近は、ワイシャツやネクタイなど、平日も泊まれるように仕込んできたりして、実家暮らしの癖に大丈夫なのか? と心配になる。


 そして何よりびっくりなのは、私達の関係。

 ハグとか、軽いキス(ほとんどは手や頬やオデコだったりするけど、たまに唇にも触れるか触れないかぐらいにはされたりする)のみで、彼が私にそれ以上性的な接触をしてくることはない。


 一応彼氏である訳だし、お泊まりも頻繁なのに。

 今では、全く彼に対して警戒心はない。本当に、生まれて初めて気を許した人間……といえるかもしれない。

 それに会社でも天音と付き合っているのをオープンにしているせいか、男性社員からのアピールが極端に減った。……減っただけで0にはならなかったのが残念ではあるが。女子社員も、今まで敵認定されていたのが、特定の彼氏がいるという安心感が良かったのか、最近では普通に話してくれる人も増えた。一部の女子(天音ファン)には嫌がらせをされることもあったけれど。


「凛さん、たまにはデートしませんか? 」

「デート? 例えば? 」


 天音が、正座してRPGをしている私の肩に顎を乗せてきた。腕は腰に回されている。

 金曜日は飲みに行き、うちに泊まって土曜日はゲーム三昧。それが定番の過ごし方だった。

 まさか自分がここまでゲームにはまるとは思わなかったけれど、平日は天音がいない時はやっていない。天音の……ということもあるけど、どこに進めばわからない時に天音に聞きながら進めているからだ。攻略本とやらがあるらしいけれど、天音がいれば必要なかった。


「映画は……喋れないし顔見れないから嫌だし、遊園地は今からじゃ遅いか。凛さんは何かしたいことはないの? 」

「私? うーん特には。趣味とかないし、行きたいとこも……」

「ショッピングとかは? 美味しいスイーツ食べたいとか」

「ない……かなぁ」


 まず、自分を飾り立てることに興味がない。必要最低限の化粧品や衣服で十分だ。しかも、ネットで買い物ができる今、他人の視線を無駄に浴びに出歩きたくもない。

 美味しい物は好きだけれど、甘い物はそこまででもない。あれば食べるけれど、並んでまで食べたいとも思えない。


「凛さんってインドアだよね」

「そうね。あまり出歩くとか苦手かも。あ、天音君は出歩きたいタイプ? そうよね、まだ若いんだものね。色々したいよね」

「まぁ、色々したい……けどね」


 天音は耳元でため息を漏らした。


「別に毎週うちに来なくてもいいんだよ? ほら、友達とかと遊びに行ったり。若いんだもん、付き合いとかあるでしょ」

「若い若いって、凛さんと対して違わないだろ。ちょこっと凛さんが年上なだけじゃないか」


 拗ねた口調に、私は僅かに口角を上げる。

 天音が自然にうちにくるようになってから、私は少しづつ笑うようになっていた。微笑みとはまだ言えない代物だけれど、以前の無表情の私からしたら、大した進歩だと思う。


「大分上だわ」

「ちょこっとさ。それに、凛さんは僕と一緒にいたくないの? 僕が友達と遊んだりするの平気なの?」

「別に……」


 本当は想像がつかない。天音がうちに初めて泊まりにきてからあまりに自然に週末はうちにいるものだから、天音がいない休日というのを思い出せない。

 たった数ヶ月だというのに、どれだけ天音に侵食されているのか。


「……酷い。僕、男友達はそんなに多くないんですよね。たまに会うのは、小学校の時の幼馴染みが一人いるだけで」

「そうなの? 天音君って、友達が凄く多いタイプだと思ってたわ」


 少し意外だった。

 誰とでもフレンドリーに話せる天音は、誰からでも好かれると思っていたが、やはり可愛すぎることが原因なんだろうか?


 天音は私の肩から頭を上げると、パフンと後ろから抱きついてきた。


「知り合いなら多いですよ。男も女も。でも親しいのは女性なら凛さんだけですから」

「……私もそうね」

「ハハ、凛さん人見知りですもんね。というか、対人恐怖症? 」

「そうかもしれないわ」


 今まで、人を拒絶してきた。過剰に好意を向けられるのが怖くて、誰にも笑顔を向けられなかった。


「こんなに美人さんなのにもったいないですよ。ハァ、僕は凛さんとデートしたいのに。ご飯を食べに行くくらいしかしてないじゃないですか。誕生日デートだってできなかったし」

「それは私のせいじゃないわ」


 GW真っ只中にある私の誕生日、天音は以前から約束していたという家族旅行を断れなかったのだ。断ると、姉から恐怖の制裁を受けるから……と言っていたけれど、本当に家族旅行だったのかは謎だ。


「そうですけど! 顔見ておめでとうって言いたかったんです」


 天音は日付が変わった瞬間に電話をくれ、「誰よりも早くおめでとうって言いたかったんです」と言っていた。朝にはおめでとうメールもくれ、帰ってきたらプレゼントですとネックレスをくれた。

 誰かに祝われた誕生日というのは小学生以来で、「この年で誕生日もね……」と天音には言ったが、本当はくすぐったいような暖かい気持ちでジーンとしたのは天音には内緒だ。


「散歩でもする? 帰りに夕飯の買い出しもしたいし」

「散歩……いいですね」

「じゃあ、着替えてくるわ」


 私はネットで購入した部屋着を着ていた。黒の半袖シャツ七分丈ズボンのセットアップで、なるべくユルユル使用のものだ。天音の前で素っ裸になる訳にいかないので、出来る限り締め付けの少ない物を選んだ。色を濃くしたのは、下着をつけたくなかったから。


 まさか、ノーブラノーパンで外出する勇気はない。天音にはバレていないようだけど、見る人が見ればわかるかもしれないし。


 ワンピース(もちろんブラショーツを身につけて)を着て、天音と手を繋いで外に出た。


「凛さん、ジョギングするんですよね」

「ああ、一時ね。今はしてないわよ。暇潰しの一環で始めたんだけど……」

「だけど? 」

「なんか、行列みたいについてくる人が多くて」


 以前は土手でジョギングしていたのだが、同じようにジョギングしていた男の人達が、同じペースでついてくるようになってしまったのだった。すれ違った筈の人までいつの間にか後ろを走っていたり、明らかにジョギングにむかないよねという格好の人までその集団に混じっていたりして、あまりに異様な光景になりジョギングは諦めた。


「あぁ……。そりゃ、あんな短パンからキレイな足が覗いていたら、ついていきたくもなりますよね」


 初日に着た短パンを覚えているようだ。


「そう……短パンがいけなかったのね」

「いや、着ぐるみでも着ない限り行列はできますよ」

「着ぐるみでジョギングは、苦行じゃないかしら」

「まずぶっ倒れるでしょうね。その土手に行ってみたいです」

「そうね。じゃあ行きましょうか」


 行き先も決まり、初夏の日差しの中土手を目指した。

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