第6話 凛サイド ~ ラブホテルでした

 ああそうだ……私が引きずりこんだんだった。


 係長達から逃れる為とはいえ、まだ大学を卒業したばかりのフレッシュな若者を、こんないかがわしい場所に足を踏み込ませてしまった。


 いかにも世慣れた年上の女性を装って加害者的な考えでこめかみに手を当てているが(しつこいようだが、見た目は冷静沈着無表情)、実際はラブホテルなんかに入ったのも、男性のスッポンポンを見たのも、あんなふうに添い寝したのも人生初だ。


 ……っていうか、どこまでした?


 股には……違和感はない。よく、脱バージンの後は何か挟まったような感じとか、ヒリヒリ痛いとか聞くけど、あれって本当なの?はっきりいって二日酔い以外の不調を身体に感じないわ。


 ということは……私はまだ……かしら?


 それにしては、馴れ馴れしいわよ。目元にチュッとか、恥ずかしくないのかしら?

 私はもの凄く恥ずかしいわ。

 恥じらう表情っていうのがいまいちわからないけれど。


「お先でした。凛さんもお風呂どうですか? 」


 色々悩んでいたら、天音が風呂から出てきた。腰にバスタオルをまいているが、何て言うか……バストも隠した方が似合うんじゃないだろうか?

 脱いだら実は凄いんです……ということもなく、女の子よりは筋肉質かもしれないけれど、どちらかというと男の子にしたら華奢な骨格に細めな身体をしている。


「あれに入れと? 」


 スッケスケの風呂場に目をやると、天音は可愛く頬を染めてダメですか? とのたまう。可愛く言ってもダメです。


「無理です」

「……残念です」


 何が残念なんだあ~ッ!


 天音はベッドサイドまでくると、テーブルの上においてあった白いTシャツを着て、ボクサーパンツをはいてからバスタオルを取り去った。


 いやね、それ下着姿ですから! 何やら股関の形が丸わかりですよ!


 私の心の悲鳴が表情に出ることはなく、天音もまるで恥ずかしがることなく昨日着ていたスーツを着こんだ。


「凛さんは着替えないんですか?」

「着……替えるけど」

「はいどうぞ」

「あ……りがとう」


 天音はかけてあった私の衣服をハンガーごと私に渡すと、ニコニコの笑顔のまま私に笑いかけた。


 せめて後ろ向くとか、見ない努力とかしようよ。


「あの……、ちょっとその見られたまま着替えるのは」

「えっ? だって昨日凛さん自分からポンポン脱いでスッポンポンになったじゃないですか。今さらじゃないです? 」


 ヒィィィ~ッ!!!

 私、何してくれてるの?!


 無表情でおののく私に、コテンッと首を傾げた天音は凄く可愛らしいけれど、そんかさぁどうぞみたいな顔されても、さすがに目の前で着替えなんて……。


「あの……ごめんなさいね。私、昨日の記憶が……。私達……あの……その……」

「覚えてないんですか?! 」


 天音はベッドに乗り上げてきて、私の顔を間近に見ると、ヘニャリと眉を下げた。


「覚えて……なくも……ないんだけど」

「非常階段! 非常階段で僕が介抱したのは? 」

「それは覚えて……ます。多分、記憶が抜けている部分があるかもしれないけど、私が泥酔して、笹本君が……」

「天音! 天音って呼ぶって約束しました」


 成人男性が頬をふくらませるってアリなの? 似合ってるけど。それにしても、表情がよく動く子だわ。


「天音……君が介抱してくれて、店を出て道歩いていたら係長達と遭遇しそうになって……ここに入っちゃったんだよね? 」

「僕達がお付き合いするようになったのは? 」

「まあ……なんとなく。利害関係が一致したのよね? お互いに異性避けっていうか……」

「まあ概ねそうですけど、僕はちゃんと凛さんのことが好きですからね」

「エッ?! 」

「だから、僕ふりって苦手なんですって言いましたよね? 」

「……言われた気がします」

「色んな理由の一つに、その異性避けってのもありますけど、凛さんのこと好きじゃなければ、付き合いましょうなんて言いませんよ」


 天音はさらりと告白したが、私は昨日覚えている限りの会話を思い返してみる。

 好きじゃなかったらヤキモチもやかないから……みたいなこと言ってなかったかしら?

 お互いに好きじゃないこと前提じゃなかったのかしら?


 僅かに眉間に力を入れつつ考えていたせいか、天音はクスリと笑って私の眉間を撫でた。


「凛さんって、あまり表情が変わらない人かと思ってましたけど、眉に感情が出るんですね。凄く可愛いです」


 満面の笑顔の天音の顔が近寄ってきて……、チュッとキスをされた。


 あまりに爽やかな感触に、私の思考は一時ストップし、初めて感情が表情に表れた。表情……じゃないか、全身真っ赤になっただけだから。


「凛さん……僕はとっても眼福なんだけれど、掛け布団……落ちちゃってますよ」


 私は自分の胸元に目をやる。

 布団を肩のところまで持ち上げ、身体を隠すようにベッドに座っていたのが、あまりの出来事に押さえていた布団を離してしまい、お臍あたりまで丸見えになってしまっていた。


「……!! 」


 凄い勢いで掛け布団を引っ張りあげ頭からひっかぶる。


 そりゃ下着はつけていたけど、昨晩は素っ裸だって見られた(?)んだろうから、今さらなのかもしれないけど、今まで異性に素肌なんか見せたことないから、恥ずかし過ぎるのよ!


「凛さん、凛さん、僕あっち向いてますから、顔出してくださいよ」


 クスクスと笑う声と、ギシッとベッドから下りる音がした。

 布団の隙間から伺うと、天音は私に背中を向けるようにして立っていた。


「こっち見ないでね」


 私は急いでスーツを着る。ストッキングはデンセンしていたから履くのを諦めた。


「いい……ですか? 」


 何となく雰囲気で衣服を着終わったのを察した天音が声をかけてきた。


「いいわ」

「素っぴんの凛さんもキレイですね。というか、いつもとあまり変わらなく思うんですが……」

「そう? 」


 私は化粧はほとんどしていない。ファンデーションと口紅とチークだけだ。これ以上メイクすると、えらく派手になってしまうからだ。アイメイクなんかした日には、漫画のヒロイン並みの目の大きさになってしまう。


「ちょっと、顔を洗ってくるわね」


 私は化粧ポーチを手に、洗面台へ向かう。洋服を着れた私は無敵だ。取り乱すことなく、天音に向かい合うことができる筈。

 とりあえず顔を洗ってメイクして、昨日何があったのか聞かなくちゃ。

 もしもしもし……万が一、何かあったとしても、二十六年間培った鉄壁の無表情で乗りきってみせるわ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る