第5話 凛サイド ~とにかく入った場所は……

 ……何がどうしてこうなった?!


 とりあえず下着だけは布団の中でつけて、私はただひたすらパニック状態だった。

 ただ常に無表情なせいか、それが全くといってよい程顔に表れてはいないけれど。


 昨日……新入社員の歓迎会で、係長に謀られて……お酒飲まされ過ぎて、笹本君が非常階段のところに緊急避難させてくれて……。

 ???

 私が付き合うふりしてくれって頼んだら、ふりとかできないから本当に付き合おうって……。

 ?!!

 まさか、付き合ったから、その日にいきなりベッドインとか?!

 いや、でも、そんな……。

 !!!

 笹本君、性欲皆無みたいだし、もしや私から……(無表情で顔面蒼白)。


 もしかして、土下座した方がいい?

 というか、丸見えでお風呂とか、あの子は恥ずかしくないのかしら?

 後ろ姿だけど、可愛いお尻が……。

 触れた感じは、筋肉のつき方とか、肌の固さとか、女性のそれとは全然違うのに、後ろ姿だけ見ると女の人みたい……って、やだわ! なんか痴女みたいじゃないの。


 思い出せ~ッ!


 ★★★


 非常階段で少し休んでお酒が少し抜けた私は、天音と並んで繁華街を歩いていた。

 軽く 手を引かれるようにしているけど、歩く速度がちょうどよくて、握られている手もイヤらしさが全くない。こんなにセクシャリティを感じない子も珍しい。


 さっきみたいに視界が狭くなるような酩酊感はなくなったけど、まだ少し足がふらつくから、手をひいてもらえるのはありがたい。


「高柳先輩……凛先輩……凛さん……。うーん、凛ちゃん? 」


 何やらブツブツと、私の呼び方を試行錯誤しているらしい。


「とりあえず、凛さんかな。うん、二人の時は凛さんでもいいですか? 」

「……好きにどうぞ」

「僕のことは天音って呼んでください。笹本天音、僕のフルネーム知ってました? 」


 私は曖昧に頷く。

 さすがに一応付き合うことになった訳だし、フルネーム知らないとか……ごめんなさい。名字は知ってましたけど、名前はうろ覚えでした。


「天音、名前で呼んでくださいね」


 邪気のない子犬のような笑顔を向けられて戸惑ってしまう。表情には全く表れていないが。

 二十六年間、彼氏などいたこともなかったし、名前呼びする女友達すらいたことがない。他人を名前呼びすることは、私には激しくハードルが高かった。


「誠意努力します」

「お願いします」


 天音の笑顔は凄い。

 表情筋が退化して役目を果たさない自分からしたら、何をそんなにいつでも笑えるのか? と感心してしまう。

 男の子とも女の子ともいえないような中性的な容姿で誰からも好かれるワンコキャラ、まだ入社して間もないというのに、同じ部署の人間だけじゃなく、何故か接点のなさそうな他部署の人間からも可愛がられていた。


 対人関係の高スキル、年下だけど尊敬に値……年下?


 私はハタと思い当たり、足を止めた。

 新入社員である天音は、ストレートで進学就職していれば二十二才の筈。二十六の自分より四才も下だ。

 これって犯罪?

 五月生まれの私は、もうすぐ二十七才になる。つまりはアラサー。コミュニケーション能力に問題があり、表情筋が死んだ無表情女、しかも絶えず不特定のストーキングに悩まされているこんなややこしい女だ。回りが鬱陶しいからって理由だけで付き合ったりしていいんだろうか?

 年上として、冷静に正しい道を諭さないといけないんじゃなかろうか?


「あっ……」


 急にグッと手を引かれて、電信柱の後ろに引き込まれた。


「どう……」

「シッ! 係長達だ」


 確かに少し遠いが係長と宮内、それに見たことのない派手目な女性(かなり盛った化粧をしているが、かなり若めに見えた)二人が角を曲がってこちらに歩いてきていた。

 係長は女性の一人の腰に手を回しており、顔をくっつけて話している。宮内はその後ろを歩いているが、女性との距離は適度に離れていた。


「係長、申し訳ありませんが、自分はそろそろ……」

「何を言ってんだ。おまえが帰ったら人数合わなくなんだろ」

「いや、でも……」


 かなり酔っぱらっているせいか、距離は離れているのに声が丸聞こえだ。もう、怒鳴っているのに近いんじゃないだろうか。


「宮内君が帰るんなら、うちらも違うの探そうかな」

「それに、カラオケ行こうって、こっち側にはなくない? 」

「あるあるって。ほら、この裏通りとかにさ」

「そっちってラブホ街じゃん」

「やっだあ、それって別料金だよ」

「別料金でOKなんだ? ちなみにいくら? 」


 別料金?

 いったいどういう知り合い?


 聞こえてくる会話からはよくわからないが、係長の口調がねちっこくいやらしくなったから、まあいかがわしい内容なんだろう。


 それにしても、係長達は迷うことなくこっち方面に足をむけてきており、いくら電柱の影に隠れているとはいえ、すれ違ったらばれてしまうだろう。

 天音とは付き合うことになったとはいえ、まだ擦り合わせをしていない。実は付き合ってまして……という話しになっても、いつからとかどうやってなどと突っ込まれたら、私の対人スキルでかわせる気がしない。

 うん、ここは逃げるしかない。

 でもどうやって?


 とりあえず……。


 私は、天音の手を強く握ると「こっち……」と引っ張った。

 まだ酔いが残っているからか、全力で走っているつもりが小走りくらいにしかならない。すぐ後ろの角を曲がり、突き当たりをまた曲がる。ギリギリ係長達には見つからなかったが、何故か係長達も同じ角を曲がってきたようだった。


 走ったからか、頭がグワングワンしてきて、これ以上走れる気がしなかった。


「ここ……」


 私はすぐ横にあった入り口に天音を引きずりこんだ。






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