第4話 天音サイド ~恋人成立

「彼氏のふりですか? 」

「もちろん、彼女がいなければの話しで、あなたに好きな人ができるまででかまわないから」

「彼女はいませんし、今のところ好きな人もいませんけど……」


 気になる人なら、目の前にいるけどね……とは言わずに、性欲皆無に見える人畜無害な笑顔を浮かべておく。


「僕……嘘とか苦手なんですよね。すぐに顔に出るし」


 どちらかと言うと、全く感情が出ないんですどね。常に笑顔、人付き合い良さげでユニセックスな見た目を最大限に活用して、アセクシャルなふりをして異性からのアピールに気がつかないふりをしてきた。

 ジェンダーレス男子とか言われてるけど、自分に似合う格好をしていたらそうなっただけだ。というか、普通にシャツにジーンズはいてるだくでもそういうふうに見られるのはこの女っぽい見た目のせいだろう。


「ああ、そうよね。ごめんなさい、忘れ……」

「ふりは無理ですから、付き合っちゃいましょう」


 僕が被せ気味に言うと、凛の眉毛が僅かに上がった。

 なるほど、感情の機微は眉毛に表れるらしい。


「……? 」

「ほら、歓迎会を同じような時間にいなくなったのも周知の事実ですし、これを機に付き合ったことにしちゃえばいいですよ」

「本当に付き合う……の? 」

「僕も、女性社員の皆さんにコナをかけられるのに、多少ウンザリしてきてたんです。だから、彼女がいれば万々歳なんですよ。ほら、高柳先輩くらい美人なら誰も自分の方が……なんて無謀なチャレンジもしてこないでしょうしね。高柳先輩は係長みたいなゲスい男達から目をつけられることはなくなるし、僕は女の人達からまとわりつかれなくなる。ウィン×ウィンだと思いません?」

「それは……まあ」

「それに、好きから発展した恋愛じゃないから、ヤキモチやいて怒ったりとかしなくてすむじゃないですか。それって凄く理想です。そう思いませんか? 」

「まあ……そうね。それにしても……ヤキモチをやかなきゃならないようなことが頻繁にあるの?」

「うーん……女の子って、友達同士で腕組んだりするじゃないですか? 」

「する……のかしら」

「しますよ。コミュニケーションでハグしたりね。僕は男女ってくくりなく、スキンシップの一種で別にいいかなって思うんですけど、してくる方はベタベタしてくるうちに勘違いしてきて、しまいにはヤキモチやかれたり束縛してこようとしたり、本当に鬱陶しいんです。こっちは友達だと思ってたのに、いつの間にか彼女面してたり……。」


 凛は少し考えるように下を向くと、ゆっくりと視線を上げて僕の目を見つめてきた。


 うわッ!

 キラッキラの瞳だな。いつもはだいたい視線を合わせないようにして喋る人だから、視線合わせられるとその目力半端ない!


「それは、誰彼構わずベタベタするあなたに問題があるんじゃないかしら? 」


 はい、正論です。あなたが正しいです。


「僕からはしてませんよ。向こうからからんでくるんです。でもほら、彼女がいたら角がたたない感じで断れるでしょ? それに、先輩は僕のこと好きな訳じゃないから、ヤキモチやかれて怒られることもないだろうし」

「……」


 色々理由つけてるけど、本当はただこのキレイな人に興味があるだけなんだよね。もちろん、異性としての。

 だから理由は後付け。

 多分、好きです付き合ってくださいって言っても玉砕するだけだろうからね。


「付き合うふりでもいいんですけど、僕って気が弱いし顔に出やすいから、本当に付き合ってるのって詰め寄られたら、多分正直にゲロっちゃいそうですもん」

「でも……本当に付き合うってのは……」


 眉が少しへの字になってる。

 困っているみたいだ。


「先輩、手を出してください」

「手? 」


 凛は素直に両手を前に出してきた。その両手をキュッと握り込む。もちろん怖がらせないように人畜無害な笑顔を全面に出して。


「これ……嫌ですか? 」

「嫌……ではないです」

「気持ち悪くないですか? 」

「気持ち悪くは……ないです」

「なら、大丈夫ですよ。手を繋いでも拒否反応でないなら、付き合える筈です。これが係長だと思ったらどうです? 」

「……鳥肌がたつと……思います」


 係長に勝った!


 本物の笑顔を凛に向けた。子犬みたいでキュンキュンするって女の子に言われている作り笑いじゃなく、本物の笑顔だ。他の女子が僕に蕩けるみたいに、少しはこの無表情を緩めさせることができたら、凄く嬉しいんだけれど……。


「手を繋げたら、ほら、デートだって可能ですから」

「……そう……なんですか? 」

「そうなんです。デートできたら、付き合える筈です。お互いの為にも恋人になりましょう。ふりをするのも、本当に付き合うのも、そんなに大差ないですよ。僕がボロを出さない為にも……ね?」

「えっと……、わかりました。お付き合いするというのが、いまいちどうしたらいいのかわかりませんが、それでもよろしいですか?」

「たいしたことしませんよ。小学生だって付き合ったりしてるんですから」

「はあ……」


 心の中でガッツポーズをとりながら、その手を握ったまま非常階段の扉を開けた。


「そうしたら、二人で二次会しましょう。話しを詰めないとですよね。ほら、付き合ったきっかけとか、ちゃんと合わせておかないと」

「はあ……」


 本当は恋人繋ぎしたいけど、怖がらせないように、少しずつ、この無表情をほどいていくことができたら……。

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