第17話 天音サイド~天音の実家

 ヤッバ!

 泊まりの約束とか、マジでヤバイんですけど?!


 僕は家の門にすがるようにして悶えた。

 僕が帰ってきたのに気がついたベス……九歳のゴールデン……が、尻尾をフリフリお出迎えしてくれる。吠えることなく、口角を上げてハッハッと口を開けてお座りをする様は、満面の笑みを浮かべているようだ。黒目ばかりのクリクリした瞳は、お帰りお土産は? と問いかけているようだ。


 このベスのおかげで、かなりの女の子は撃退されてきた。人懐こい筈の彼女だけれど、僕にまとわりつくしつこい女子にだけには吠えたてるからだ。

 交際を断る理由にもしたことがある。デートで、犬の散歩とかもしたいから、うちの愛犬に気に入られないと付き合えないと言って。


 ベスは家族以外からは食べ物を受け取らないように躾てあったから、袖の下なんか通用しない。こっそり家を覗くような輩は、敵認定して鼻に皺を寄せて威嚇する。人懐こい気性のゴールデンだが、立派な番犬役をはたしてくれていた。


「ベス、ただいま」


 彼女の頭を撫で、首の下を揉むようにさする。


 凛は犬が好きだろうか?

 大型犬は大丈夫だろうか?


 僕はベスにおやすみと言うと、家の鍵を開けてそーっと家の中に入った。


 実家となるこの家には、五十過ぎになる両親と、姉(次女)の茉里香まりかと僕が住んでいる。長女の紗央里さおりは渡貫家に嫁いで、実家から徒歩で十分の分譲マンションに住んでおり、何かというと実家に入り浸りな生活を送っている。


 もう両親は寝ているだろうから、なるべく静かに廊下を歩き、キッチンへ向かった。冷蔵庫からウーロン茶を出してコップによそった。


「今帰ってきたの? 」

「紗央里」

「あんたのスーツ姿、いつまでたっても見慣れないわね。何? 会社の飲み会? 」


 飲もうと思っていたウーロン茶を取り上げられ、グビグビと飲まれる。


「紗央里! それ、僕の」

「やあね、いつまでとか言ってんのよ。ガキじゃないんだから」

「大きなお世話」

「何よ、花の金曜日に泊まりに行く特別な彼女とかいない訳? 可哀想」

「いるし! ってか、彼女と飲んでたし」


 しょうがないからコップをもう一つ出して、注いだウーロン茶をイッキ飲みする。


「その他大勢の一人じゃなくて?」


 実は、今まで特定の彼女を作ったことがなかった。常に自称彼女が多数いたし、僕も群がってくる女の子達は面倒臭いから全員彼女呼びしていた。

 大学までは、「みんな大好きだよ」と言えば、僕にふられたくない女の子達はそれでもいいと受け入れたし、束縛したいタイプの娘は去って行った。社会人になってからは(まだ一ヶ月ちょいだけど)、面倒だからまとわりついてくる女子とは気軽に関係しないようにしていた。

 元から性欲が薄いのか、自分からガツガツいくことはなかったし、相手からどうしてもとせまられて仕方なく……というくらい淡白な方だったから、彼女達がいない状況も静かで良いとすら思っていた。


 姉達からしたら、そんな今までの彼女達は彼女じゃないらしい。なので、僕はこの年まで彼女がいない扱いをされていた。


「一人だけだよ」

「へぇ。天音ハーレムは解散したんだ」

「みんな友達だろ。別に僕から何かしたことないし。もう大学の時の娘達とは連絡とってないよ。向こうから連絡きても、社会人になって忙しいって会ってない。みんな可愛いから、すぐに彼氏できて僕のことは忘れるよ」

「あんた、絶対刺されるから」


 僕に似て(僕が似たのか)可愛らしい姉達。黙っていれば儚げな美少女(年齢的に少女ではないのだけれど)然としている。紗央里は二十六、茉里香は二十四になるのに、いまだに十代に間違われるくらいだ。

 そんな彼女達だけれど、中身と見た目のギャップが半端ない。女王様気質というか、僕のことは下僕扱いだ。外面だけはいいので、それを知っているのは家族と一部の友達や元カレだけ。


 外面がいいとことかは、姉弟だから似ているのかな。僕は姉達みたいに高慢ちきな態度はとらないけどね。


「まあ、いいわ。その一人だけの彼女って、同じ会社の人? 」

「うん。先輩」

「年上か」

「紗央里とタメかな。すっごいキレイな人だよ。正統派の美人」

「ふーん、一度会ってみたいな。あんたの彼女ってレアだもんね」

「やだよ」


 僕は流しでコップを洗い、茉里香は当たり前のように自分の使ったコップを僕に洗わせた。


「押せ押せでこられたの? 肉食系女子ってやつ? 」

「違うよ。僕が押したの。もう寝るよ。おやすみ」


 まだ聞いてこようとする茉里香に背を向け、キッチンを出ようとして振り返る。


「そうだ、来週はお泊まりだから。そういうことでよろしく」

「ウワッ、泊まりとか初めてじゃん」

「特別だからね」


 凛は僕にとって特別。

 いつか僕も凛の特別になれたらいいと思う。


 こんな感情も、誰かに執着するってこと自体初めてで、実はどうしたらいいかわからない。今までも、自分から女子に何かしようとしたことなかったし、常に受け身だったし。

 本当は、さっき凛を送った時だって、抱き締めたりチューしたり、許されることなら部屋に上がり込んであんなことやこんなことすらしたかった。


 でも嫌われたくないしさ、警戒なんかされた日には、かなり凹んでしまいそうで、送りオオカミにはならずに帰ってきたさ。

 ただ、あまりの願望が駄々漏れて、来週のお泊まりの約束をしてしまったけどね。


 本当、こんな僕を大学時代の彼女達が見たら驚いてポカーンとすることだろう。

 いや、僕だってこんな自分はレア過ぎて吃驚だよ。


 二階の自分の部屋へ行き、僕はベッドに身体を投げ出した。

 着替えなきゃダメなのに、歩いたせいか気持ちよく疲れていて瞼がくっついてくる。


 来週のお泊まりに気持ちがもっていかれつつ眠った僕は、生まれて初めて淫らな夢を見た。登場人物は、もちろん凛だった。


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