第16話 凛サイド~スマホが気になります

 エレベーターを下り、角部屋である自分の家の前で立ち止まる。鞄から鍵を出して扉を開け、暗い部屋に入った。

 自分だけのスペース。

 誰の視線を気にする必要のないここは、私の唯一の安らぎの場所であり、自然な自分に戻れる場所だった。


 カーテンの間から外を覗いてみるが、すでに天音の姿はなく、きちんと帰ったのだと安堵する。

 天音を疑う訳ではないが、今までいたストーカーに、部屋の電気がついた時間から部屋の場所を割り出されたことがあったのだ。


 遮光カーテンをしっかりと閉じ、間接照明のみをつけた。


 鞄を所定の場所に置き、スーツを脱いでハンガーにかける。そのまま脱衣場へ行き、すべてを脱いで洗濯機へ入れた。化粧を落としてシャワーを浴びると、素肌にガウンだけ着て部屋へ戻る。スマホをチェックしたが、天音からの着信はまだない。


 今頃バスに乗っている頃だろうか?

 それともバス待ち?


 髪の毛をタオルドライした後、ドライヤーで髪をかわかし、再度スマホをチェックする。ドライヤーの音で着信に気がつかないかもしれなかったと思ったからだ。


 着信はまだない。


 スマホをテーブルに置き、冷蔵庫へ行ってミネラルウォーターを手に戻る。


 やはり着信はない。


 私のスマホはバイブにしてある。


 着信音が鳴るように変更しようか?


 電話がかかってくると思うと気になってしょうがない。

 チラチラとスマホを確認しながら、ラインを開いてみる。


 ラインくらいなら、いいだろうか? 無事を確かめるだけだし。送ってもらった訳だし、彼が帰るまで責任がある……わよね。仕事場の先輩なんだし。年上だし。


 色んな理由をつけて、ラインの画面を凝視する。

 自分発信でラインをしたことも、電話をしたこともない。仕事以外では。


『今、どこですか? 』


 これだけの文章を打つだけで指が震え、十分以上かかった。どこと言われても土地勘がある訳じゃないからわからないのだけど。


 紙飛行機マークを押そうとして、指が躊躇してしまう。


 するといきなり着信がつき、笹本天音の名前を表示した。


「はい」

『凛さん? 寝てました? 』

「ううん、まだよ。あなたは家についたの? 」

『まだです。バス下りて歩いているとこですね』

「遠いの? 」

『そうでもない……かな? 二十分くらいですかね』


 遠いではないか。しかも、送ってもらってからすでに一時間以上たっている。電話していれば少しは安全かと思い、天音が歩いている間会話を続けた。といっても、喋るのはほぼ天音で、私は相づちをうつ程度だったが。


『そういえば、凛さんってパジャマ派ですか? 部屋着ってどんなんですか? 』

「パジャマは持ってないわ。部屋着って……」


 自分のかっこうを見下ろして、何と説明しようか考える。今はガウンを素肌に着ているが、基本裸族な生活を送っている。身体をしめつけるのは、下着といえ実は好ましくなかった。家につくと全て脱いでシャワーを浴びてガウンを着る。落ち着いたらガウンさえ鬱陶しくなり、裸族の出来上がりだ。

 だから、この間ラブホテルで素っ裸で目覚めた時は、天音に脱がされたとは思わなかった。天音に何かされた感じもなかったし、その後の天音の態度からも、自分で脱いだのだろうなと推測している。何故天音まで素っ裸だったのかは謎だが、彼も裸族なのかもしれない。


『凛さんなら、ネグリジェとか着てそうですよね』

「そんなもの持ってないわ」

『似合いそうなのに』

「変な想像は止めてね。あ、そうだ。次からは送らなくていいからね」

『嫌ですよ。何かあったら、後で絶対後悔しますから』

「あ……天音君が変態の餌食にかかったら、私も寝覚めが悪いもの」

『じゃあ、遅くなる時は泊めてもらおうかな』

「え……」

『クスクス……、大丈夫ですよ。襲ったりしませんから』

「そ……そんな心配はしてないから! 」

『じゃあ来週はお泊まりですね』

「え……いや……でも」

『楽しみにしてます。お泊まりセット用意しないとですね』

「あ……天音君?! 」

『家つきました。じゃあ、おやすみなさい。来週、楽しみにしてます』

「おやすみなさい……じゃなくて、天音、天音君?! 」


 スマホの通話がきれてしまった。


 冗談……冗談よね?

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