第26話 天音サイド~ 居酒屋華

 凛からのラインを受けた僕は、接待の席を抜け出してトイレに駆け込んだ。


 会いたいとか言われたりなんかしないかなって少し期待しながらラインをうつ。


 ハアッ?!

 係長と飲みに行く?

 それってダメなやつでしょ。何の為に僕が我慢してるのか、あの綺麗な人は一つも理解していない。

 恋人として付き合わせてもらってるけど、軽いキス以上のことはしていない。そのキスだってあくまでさりげなく挨拶並みのもの。

 凛に怖がられないように、嫌われないように、なるべく欲は乗せないように……。


 それなのに、あんな色欲の権化みたいな中村係長に誘われてついて行くなんて!!


 いや、彼女がそんなこと望んでいる訳ない。

 係長が入る隙間がないくらい、ラブラブだって見せつけないとだよな。あの係長、本当に懲りない人みたいだから。


 接待の会食を終えた僕は、榎本に声をかけて即居酒屋華に向かった。


 居酒屋華は個室メインの居酒屋で、それ以外はカップルシートのようなカウンター席や、四人掛けのベンチシート席がある。いずれも仕切りがあって人目に触れないような造りになっていて、キスくらいならしててもバレない。


 こんなところで係長と二人っきりって、危機感なさ過ぎ!


 と思ったら、なんのことはない。入り口から丸見えの席で二人は向かい合って座っていた。


 ★★★


「私は中村係長のことは好きじゃないです! 奥様がいようといまいと関係ありません。一生お付き合いすることはありません。上司と部下以外の関係を望んだことはありませんから! 私は天音君が好きなんです! 彼以外は考えられません!! 彼以外に触られたくもありません!!! 」


 これって幻聴?


 あまりの発言に、僕達は足が止まってしまう。


「嬉しい! 僕もだよ」


 思わず抱きついちゃったら、目の前の係長の顔が鬼瓦みたいに歪んだ。


「笹本……」

「天音君?! 」

「すげぇ告白だな。係長、お邪魔しまっす」

「えっ……いや……」

「そっちつめてくださいよ。俺、生で。笹本は? 」

「僕も生一つ」


 榎本は係長の横に座り、僕は自然に凛の横に座って、シレッとした顔をして合流してしまう。

 最初係長は一緒に飲むことを拒絶しようとしていたみたいだけど、僕達を目の前に交際を反対することにしたようだった。


 係長は僕が凛に手を出して、そのせいで仕方なく付き合っているんだろうというようなことを言っていたけど、まさか凛が僕をラブホテルに誘ったみたいな発言をしたことには驚いた。

 それを受けての榎本のセクハラ発言に、僕は真剣に切り返した。


「だから、付き合った後だからセクハラじゃないですってば。合意の愛ある行為です」


 凛が僕にセクハラとかあり得ないでしょ。セクハラ目的で僕をラブホテルに誘ったんなら、そんなのご褒美でしかない。

 まぁ、盛大に勘違いしてくれという思惑もあり、少し勘違いさせるような言い回しになったのはご愛嬌だよな。


「愛……」


 係長は放心したようにつぶやいた。


「凛さん……愛してます」


 ウワッ!

 僕の一言で真っ赤になるとか、キレイなのに何て可愛い人なんだろう!


「レアだ! マジレア! 高柳が赤くなった。やるな笹本、見た目女子のくせに、高柳を攻略するなんて」

「榎本君、失礼過ぎるから」

「だってさ、鉄壁な無表情の高柳の表情が崩れたとこなんて、四年一緒に仕事してても見たことないし」

「凛さんよく笑いますよ」

「「えっ? 」」


 キョトンとして言う僕に、信じられないとばかりに係長と榎本の声がハモる。


「二人で部屋にいる時とか、一緒にゲームしてたり映画見てたりする時なんかによく……ね? 」

「そりゃ私だって笑います」

「ってか、何? 高柳がゲームとかする訳? 」

「しますよ。僕のゲーム機、凛さんちに置きっぱですから」

「笹本が高柳の家に行くのか……」


 係長はショックを受けたように、胸を押さえて呻く。


「そりゃ、付き合ってんだったら部屋くらい行くっしょ。笹本自宅だもんな」

「はい。毎週凛さんちにお泊まりです」

「グフ……ッ」


 係長が悶え突っ伏した時、僕の完全勝利した瞬間だった。


 ★★★


「……にしてもさ、やっぱ目の前で見るとちゃんとしたカップルだよな」

「ありがとうございます」

「そう? 」


 あれから係長はお金だけを置いて一人で帰って行った。

 残された僕らは三人で飲み、それなりにいい気分になっていた時に、榎本がニマニマ笑いながら言った。


「ほら、前に四人で飲みに行った時はなんか不自然っつうか他人行儀っぽかったじゃん。笹本が高柳ラブなのはわかったけど、高柳からの矢印は点線も見えなかったもんな」

「それはそれでショックです」

「でも、まあ今は細~いけど実線なんじゃねぇの」

「本当ですか?! 」


 ウキウキと凛に目をやると、おかわりした生グレープフルーツサワーをグイグイ飲んでいる。

 ちなみに、グレープフルーツを絞ったのは僕ではなく榎本だった。しかも、素手で握り潰すってどうなってるの?

 筋肉モリモリが凛のタイプだったらどうしようとヒヤヒヤしたけれど、特に凛の視線が榎本に集中することもなくホッとした。


「だってさ、係長と二人の時は酒に口つけてなかったじゃん。氷も溶けてたし。でも、おまえとなら安心して飲めるんだろ。それくらい気を許してるってこった」

「そうなんですか? 」

「まぁ……。飲み過ぎても、天音君となら大丈夫よね?」


 それは、僕が手を出さないってヘタレ扱いじゃないですよね?

 そりゃ、今は凛の全幅の信頼を得る時期だと思うから手を出してないけど、だからといって凛に発情しない訳じゃないんだから!

 っていうか、いつだって僕はウェルカムだったりするんですよ?!




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