第25話 凛サイド~居酒屋華
「いらっしゃいませ~。何名様ですか」
「遅れてくるんですが、四名になります」
「四名様ですね? 個室もありますが、個室にしますか? 個室だと二時間制になりますが」
「いえ、あそこの四名席で。来たらすぐにわかりますし」
私は一人華に来て、入り口からよく見えかつトイレの導線上にある四人席を指差した。
ここの四人席は、ベンチ椅子の背もたれが高く、それで席と席が仕切られている為、何気に死角になりやすい。下手に奥の席になど案内されたら、個室と大差ない仕様になっている。
係長とカウンターで横並びも嫌だが、個室や個室っぽい空間に二人っきりなんて、身の危険しか感じない。
この席ならば店員や会計する客からもよく見えるし、トイレに立つ人達が横を頻繁に通るから、係長も変なことはしてこないだろう。
「注文は連れが来てから」
それから十分も待たずに係長がやってきた。
私はベンチ席の手前側に座り、奥には大きめの通勤バッグを置いていた。係長はチラリと席を見て、私の向かい側のベンチ席のど真ん中に座る。
「何だ、個室は空いてなかったのか」
「二人ですから」
「ならカウンターでも良かったのに」
「こちらの方がゆったり座れますから。それで私に話しって何でしょう? 」
「まずはビール。おまえもビールでいいか? 」
「私はウーロン茶で」
係長は 「はあ? 何言ってんのおまえ?! 」 と言わんばかりに眉を吊り上げ、メニューをパラパラめくると、私に何を食べたいか聞くことなく店員を呼びつけた。
「生一つとウーロンハイね。焼き鳥盛り合わせと焼きうどん、キュウリの浅漬け……ししゃもでよろしく」
勝手にウーロン茶をウーロンハイに代えられて眉を寄せる。
「あの、お水もいただけますか?」
「か……かしこまり! 」
店員は復唱するのも忘れて、私の顔をボーッと見ている。
「注文は以上だ! 」
イライラした口調で係長に言われ、店員は慌てて引っ込んでいった。
飲み物とお通しが先に運ばれてきて、とりあえず係長が私の前にウーロンハイのジョッキをドンッと置いた。
「カ・ン・パ・イ」
「……はあ」
しょうがなくジョッキを持ち上げ、形ばかり口をつける。
「それで……? 」
「おまえ、やっぱり笹本に脅されてんだよな? この前は否定してたけど」
「はい? 」
「やっぱりか! あんなガキと付き合ってるとか、裏があるって思ったんだ。俺との隠れ蓑かと思いきや、俺の誘いになかなかのってこないし。脅されてるとしか思えん」
疑問形で聞き返しただけの「はい? 」を、肯定の意味で受け取った係長は、鼻息荒くビールをグビグビ飲みきってしまう。
「ハメ撮りか? 最低な野郎だな」
「ハァッ?! 」
「安心しろ、そんなもん俺がどうにかしてやる! クソッ!俺もまだなのにあの野郎! 」
「ちょ……ちょっと待ってください」
最低なのは、そんな思考になる係長の方だ。前はあられもない写真と濁していたのに、ズバリ言ってきたし……。しかもそんなもの存在しないのに。
「大丈夫だ! きちんと目の前でデータを消去させるから! 」
目の前でって、仮にそんな写真があったら見る気満々じゃないの!
「そんなデータはありませんから! 」
「俺には隠さないでいい。俺とおまえの仲だろ」
「ただの上司と部下ですよね。天音君に脅かされたことはありませんから。変なこと言わないでください」
「だって、おまえは俺が好きだろ? わかってるんだ。酔っぱらった過ちで他の男に抱かれてもかまわない。上書きしてやるよ」
勘違いも甚だしい!
「私は天音君が好きなんです」
すんなりと口をついてでてきた。付き合ってるという事実ではなく、好きという言葉が。
「だから、そんなカモフラージュしなくても……」
「天音君が好きです。中村係長のことは異性として意識すらしたことありません。毎回飲み会の時に隣の席になるのは、私が望んで隣に座っているんじゃありませんから。女子の先輩に勝手にセッティングされるだけです」
「……」
「中村係長には素敵な奥様がいらっしゃるじゃないですか」
「あいつにゴリ押しされて結婚しただけで、愛情はない。高柳……いや凛、おまえがうちの部署に配属されてから、おまえだけを見てきたんだ。うちの奴に遠慮してるだけで、おまえだって同じ気持ちだろ? わかってる! 」
この思い込みはどうしたら解けるんだろう?
何度も係長のことは好きじゃないと告げても、全く信じようとしない。耳ついてないんじゃないだろうか? 耳垢たまりすぎで聞こえてないとか?
ラブホテルの前で遭遇した時も、会議室に連れ込まれた時も、何度も何度も天音と付き合っていると言ってるのに!
あまりに人の話しを聞かない係長に、ついにイライラが爆発してしまった。
「私は中村係長のことは好きじゃないです! 奥様がいようといまいと関係ありません。一生お付き合いすることはありません。上司と部下以外の関係を望んだことはありませんから! 私は天音君が好きなんです! 彼以外は考えられません!! 彼以外に触られたくもありません!!! 」
「嬉しい! 僕もだよ」
いきなりフワリと横から抱きつかれ、頬に温かい感触がした。
「笹本……」
「天音君?! 」
ニッコリと上機嫌の天音と、困ったように苦笑している榎本が立っていた。
「すげぇ告白だな。係長、お邪魔しまっす」
「えっ……いや……」
「そっちつめてくださいよ。俺、生で。笹本は? 」
「僕も生一つ」
榎本は係長の横に座り、天音は自然に私の横に座る。
「今、高柳と大切な話しをだな……」
「笹本との付き合いのことっすよね? うちの会社、社内恋愛禁止じゃなかったですよね? 」
「禁止ではないが……、適切な付き合いをしてるようには……」
「見えません? 仕事中にイチャイチャしてる訳じゃないし問題ないっすよね? 二人が付き合ったおかげで、高柳に見惚れて仕事が手につかない奴も減ったし、笹本に無駄にまとわりつく女子も減りましたよね。仕事効率でいけばアップしてると思いますけど」
榎本は勝手に焼き鳥をつまみ、さらに追加注文までする。
「係長は僕達の恋愛に反対なんですか? 」
「反対に決まってるだろ! 」
「何でです? 」
「おまえ! 泥酔した高柳に関係を迫ったんだろう! ラブホテルに連れ込んで」
「何だって係長がそんなこと知ってるんです? マジでお持ち帰りしちゃってた訳? 」
前に冗談で「お持ち帰りした?」なんて聞かれたことはあったけど、ラブホテルに行ったことや、ましてやその朝に係長と朝遭遇したことは話してなかった。
まさか本当にお持ち帰り状態だったとは思っていなかったのだろう。榎本は興味津々乗り出してくる。
「ラブホテルには行きましたよ。でもお付き合いしましょうって話しをした後に行ったから、連れ込んだ訳じゃないですよ? ね、凛さん」
あの時の様子を思い返してみた。
私が天音の手を引いてホテルに入ったんだった。もちろん、何事もなかったけど。
「そうね。私が天音君の手を引っ張って入ったから」
「ウォッ! 高柳が笹本をセクハラ発言」
「だから、付き合った後だからセクハラじゃないですってば。合意の愛ある行為です」
のけぞる榎本に、天音はシレッと勘違いさせるような言い回しで言う。
「愛……」
係長は放心したようにつぶやいた。
「凛さん……愛してます」
名前を呼ばれて天音の方を向くと、破壊力のある笑顔で囁かれ、思わず顔面が真っ赤になってしまう。
「レアだ! マジレア! 高柳が赤くなった。やるな笹本、見た目女子のくせに、高柳を攻略するなんて」
「榎本君、失礼過ぎるから」
「だってさ、鉄壁な無表情の高柳の表情が崩れたとこなんて、四年一緒に仕事してても見たことないし」
「凛さんよく笑いますよ」
「「えっ? 」」
キョトンとして言う天音に、信じられないとばかりに係長と榎本の声がハモる。
「二人で部屋にいる時とか、一緒にゲームしてたり映画見てたりする時なんかによく……ね? 」
「そりゃ私だって笑います」
「ってか、何? 高柳がゲームとかする訳? 」
「しますよ。僕のゲーム機、凛さんちに置きっぱですから」
「笹本が高柳の家に行くのか……」
係長はショックを受けたように、胸を押さえて呻く。
「そりゃ、付き合ってんだったら部屋くらい行くっしょ。笹本自宅だもんな」
「はい。毎週凛さんちにお泊まりです」
「グフ……ッ」
係長はテーブルに突っ伏してしまい、天音と榎本はゲームの話しで盛り上がり始めた。
私はたまに天音達の話しにまざりつつ、ウーロンハイに口をつけた。
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