第24話 凛サイド~給湯室で

「高柳、今日残業頼む」

「残業……ですか? 」


 係長に肩を叩かれ、PCから顔を上げて振り返った。

 基本的に営業とはいえ事務仕事の私は定時勤務が普通だった。


「ああ、すまないが人手が足りないんだ」


 確かに、最近は新しい商品開発に成功したとかで、その勉強会やら新規取引先獲得で営業自体はかなり忙しいのは事実だった。

 天音も最近は毎日残業で、一緒に夕飯を食べれることもなく、土曜日出勤とかで、金曜日に泊まりにくることはなくなっていた。

 日曜日には会うのだが、たまにそれすらも仕事になることすらあった。


 そんな状況を知っていたし、営業事務以外の人達がほぼ全員残業をしているのだから、断るという選択肢はなかった。


「わかりました。残業大丈夫です」

「良かった。夕飯はおごるから頼むよ」

「それは結構です」


 係長はへらへらと笑いながら席から離れていった。

 係長から向けられる視線は気持ち悪いけれど、さすがに天音と付き合っているのが広まっているから、前みたいに浮気アピールしてくることはないだろう。


 ないよね?

 ただの仕事だよね?


 後輩達が定時に上がるのを横目で見つつ、しばらく新製品の資料作りをしていたが、一度休憩を入れようと給湯室へ向かった。


 緑茶、紅茶、コーヒーは飲み放題だ。カップラーメンなども常備してあり、好きに食べていいことになっている。

 夕飯の時間だからカップラーメンを食べてしまおうかと、お湯を沸かしながらカップラーメンを選んでいると、後ろから肩に手を乗せられた。


「悪いな、腹減ったか? もうすぐ終わるだろ。夕飯食わせるって言ったじゃんか。ラーメンなんか食うなよ」

「いえ、結構ですとお断りしましたし」

「遠慮すんなって。……あとちょっと聞きたいこともあるしな。仕事のことじゃなくて」


 振り向いたのに、肩に乗せられた手はそのままで、かなり居心地が悪い。狭い給湯室で一歩下がることもできずに横にずれてみた。


「何でしょう? 」

「ここじゃ……おまえも都合悪いだろ」


 仕事のことじゃなく、私に都合の悪いこと?


「とにかく後でな。居酒屋華でいいか。先に行っててくれ。すぐに行くから」

「いえ、係長……」


 断っているのに、約束したかのように係長は肩を揉むように叩いて給湯室から出ていってしまった。


 これって行かないといけないの?



 色々考えてもわからず、かといって相談できる同僚も友達もいない。

 天音以外は。


 スマホを出し、天音とのラインの画面を開く。



 凛:お疲れ様。今日は直帰だよね? もう帰った?

 天音:もうすぐ接待終わりそうです

 凛:接待中? ダメでしょ、スマホいじっちゃ

 天音:トイレの中です(笑) で、どうしました? 家ですか? もしかして、僕に来て欲しいとか思ってくれたりしてます?

 凛:実はまだ会社

 天音:会社? 何で?

 凛:残業頼まれたの。それでね、係長に夕飯誘われたというか、店で待つように言われたんだけど

 天音:どこの店ですか?

 凛:居酒屋華。駅前の

 天音:了解! 呼ばれたからまたね


 了解?

 それで私はどうしたらいいの?

 無視して帰ったらマズイよね?

 でも……係長と二人で食事……飲まなければ大丈夫よね?

 席も向かいに座る席にすれば。まさか四人席で隣には座らないだろうし。


 天音とラインしても、どうしたらいいか話せなかった。もしかしたら、そんなの無視して帰ってしまえと言われたかったのかもしれない。


 言ってくれるって思っていた?

 あれ? 何で?


 毎週休みの日は一緒にいて、うちに泊まることも多くて、でも回りへの牽制の為だけに恋人って括りになっただけ。そう思っていた。実際、天音がイヤらしい態度を示すことなんかなかったし、あくまでもフレンドリーな態度だった。他の女の子とも手を繋いだり腕を組んだりしているのを見たことあるし、女子との付き合い方がそういうタイプなんだって思っていた。だから、自分だけ特別なんて思ってなかったし、友達扱いなんだって、逆に友達がいたことない私にしたら初友達! って嬉しかった。


 そうよね、友達として天音に係長なんか無視して帰っちゃえって言って欲しかっただけだよね?


 何でこんなにショックなんだろう。

 帰りなよって言ってくれるって、信じていたから?


 友達として?

 彼氏として?


 私はスマホをしまい紅茶をいれた。


 とりあえず早く仕事を終わらせて、居酒屋で四人席をキープしておかないと。

 二人って言うと、カウンターとかの並び席になっちゃうから、それは嫌過ぎる。あの距離感は気持ち悪い。本当に鳥肌がたつ。


 この時私は天音に許容できることが係長には無理とか、自分の感情の意味を全く理解していなかった。




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