第27話 中村係長サイド~ありえねぇ

 高柳凛……あいつを初めて見たのは会社説明会の時。会場の受付ををしていた俺は、あまりの完璧な美貌に、息をするのも忘れた。


 この時、俺は専務の娘と見合い……というか娘に見初められて見合いをセッティングされ、断る自由もなく婚約・結婚したばかりだった。左手にはまだピカピカの結婚指輪が光っており、無意識にその指輪を隠すように右手で握り込んだ。

 会社説明会にきただけの見ず知らずの大学生であったあいつに、無性に指輪を見せたくなかったからだ。


 年度が変わり、自分の部署に新入社員として配属されてきた高柳凛を見て……運命を感じた。


 しばらく観察していたが、高柳凛は頑ななくらい人間を拒絶していた。男は勿論女もだ。あの鉄仮面かっていうくらい崩れない美しい無表情に、だいたいの人間がマリアナ海溝並みの隔たりを感じていたし、それを乗り越えようとする強者がいても、警戒心の強いあいつに一刀両断にされていた。


 たまにある飲み会では常に俺の横に配置され、会社では唯一高柳凛と会話できる人物と認識ているのに、優越感すら感じていた。

 淡々とではあるが、俺の横を定位置として会話に応じる凛からも、愛情のような物を感じたのは、決して気のせいではないだろう。


 あいつが無表情なのはいつもで、俺に対しての感情をひた隠しにするのは、俺が既婚者だからに相違ない。いわゆる常識人なのだ、高柳凛という女は。


 だからこそ、その常識を取り払ってもいいんだということを、既婚だ未婚だということは、愛し合う二人にとっては些細なことだということを教えたくて、高柳凛を酔い潰して、凛の願望を叶えてやろうと思ったんだ。


 それなのに……。

 ありえねぇだろ!


 二人の甘い朝を演出する為に、わざわざ新入社員歓迎会の時にかみさんが家をあけるように画策して、二人で一晩過ごせるようにしたのに、いつの間にか凛は歓迎会からいなくなってた。せっかくかみさんがいないのに、むざむざ家に帰りたくなくて引っかけた女も、ホテルでシャワー浴びてる時に逃げられた。それなら! と呼んだ女はババアだったし、本当に散々な一晩だった。


 その朝、まさか高柳凛と新人の笹本天音が同じラブホテルから出てくるなんて……。


 おい! そこは俺のポジションだった筈だ!!


 飲み過ぎて、笹本が高柳凛を連れ込んだのかと思いきや、いきなりの「付き合ってます」宣言に、頭が真っ白になった。

 笹本の話す日本語が理解できなかった。


「付き合ってます」って、何語?


 それからも、何度となく高柳凛に確認した。

 おまえは俺が好きなんだよな?

 笹本には無理やり連れ込まれただけなんだよな?


 笹本と同期の有栖川希美も言っていたしな。

 絶対にそうだ!

 笹本とはカモフラージュで付き合っているだけ。高柳凛の愛情は俺だけにむいている筈だ。


 ……だよな?


 俺に……みんなに無表情な高柳凛が、まさか笹本に笑いかけるとかないよな?

 笹本は見た目通り女々しい奴だから、男としてなんか見れる筈ないよな。


 俺と高柳凛。


 誰が入り込んでこようが、この四年間育んできた感情が変わることはない……筈。


 ★★★


「お帰りなさい。ああ、あなた、来月にうちの別荘で会社の皆さんを招いてBBQしたいって言ってたわよね? 」

「あぁ、例年通りだ。お義父さんに聞いてくれた? 」

「えぇ。きちんと後片付けするなら勝手に使えって」


 結婚して五年、いまだに子供がいないせいか三十過ぎてもまだ張り艶のよい妻の早希さきは、今日も何処かに出掛けていたのか、余所行きの服のまま俺の帰りを出迎えた。


 濃いめの化粧にムワッと鼻につく香水。いかにもついさっき帰ってきたばかりというような出で立ちに、思わず眉をしかめた。


「今日も出かけてたのか」

「何よ、あなただって飲んできたんでしょう」

「俺は付き合いがあるんだよ」

「あら、私もよ」


 早希は大きめな尻をふりながら、階段を上がっていく。

 こいつは顔はいまいちだけど、身体だけはムチムチしてイヤらしい。専務の娘ってだけで結婚した。愛情は特にないけど、条件はいいし、顔さえ見なきゃ身体は合格ラインだ。

 ただ、高柳凛を見た後だと……ため息しかでてこない。


 何でこんな女が俺の嫁なんだ?


 俺も早希の後に続いて階段を上り、衣装部屋にしている部屋に向かう。

 部屋に入ると、すでに早希はワンピースを脱いで下着姿のまま宝石類をしまっていた。


 早希の後ろ姿に、凛の姿を重ねる。

 途端に勢いをもつ下半身。


 後ろから抱きつき、そのイヤらしい身体をまさぐった。


「あなた、酔ってるの? 」


 お願いだから喋らないでくれ。


「ちょっと、止めて。……ウッン」


 だから喋るな!


 脳内で全て凛に変換しながら、俺は欲情を早希に叩きつけた。目を閉じたまま、さっきまで目の前にいた凛を思い、妄想でお持ち帰りをしたことにする。色んなシチュエーションを思い描き、凛の乱れる姿に滾った。


 だから気がつかなかった。


 たいした前戯もしなかったのに、容易に俺を受け入れた早希のことに。

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