第39話 天音サイド~僕のですから
凛の為の朝食と、僕のを二皿よそってテーブルに戻ると、そこには凛がいなかった。
「凛さんは? 」
「それが……」
榎本は僕の顔と食堂の入り口を交互に見つめ、何やら中腰でオロオロしていた。
「中村係長が高柳さんを連れて行ったわよ」
「えっ? 」
「何で?! 」
僕の後ろから尖った声がして、振り向くと両手に皿を持った希美が険しい顔つきで仁王立ちしていた。
いつものブリブリした甘い声や、上目遣いのホンワカした笑顔は消え、どこの極道だってくらいきつい目付きをしている。多分、これが素の希美なんだろう。
「何でってわからないわよ。いきなり係長が引っ張って行っちゃったんだもの」
「どうして止めないのよ! 」
「上司に先輩だよ? ぺーぺーが口出せないでしょ」
「それはいいから、どこに行ったかわかる? 」
部屋に戻ってこなかった希美。朝一番にご機嫌な様子だったから、係長を崩落できたんだろう。そういうふうに仕向けたのは僕だ。
若くて可愛い(一般論)希美と関係をもてて、係長の凛への気持ちをなくそうと思ったんだけど……。
さっき見た係長は、若い愛人にメロメロになったようには見えなかった。青ざめた顔は後悔やら苦悩に歪んでいたし、嬉しいというよりも怒っているようにすら見えた。
「どこかはわからないけど……、階段上っていったから外には出てないよ」
春香の場所からは食堂の入り口が見え、大きく開いた扉の先には階段が見えた。
「わかった。ありがとう」
僕は皿をテーブルに置くと、足早に階段へ向かった。その後ろから希美もついてくる。
「何で? 何で今さら高柳さんな訳? 私の何があんな年増に劣るってのよ! 」
怒りの籠った低い声が後ろから響く。希美的には、若くて可愛い自分に手も出したし、今さら凛にこだわる必要があるのか?! 自分はそんなに凛に劣るのか?! という女の沽券に関わる問題らしい。
三階まで階段を上り、凛の(係長と希美がいたしていた)部屋の扉を開けた。襖は開けっ放しで、奥に乱れに乱れた布団が敷きっぱなしになっていたが、ここには凛も係長もいなかった。
「係長の部屋は? 」
「ちょっと待って……」
二人してスマホを出して部屋割りを確認する。
「隣だ! 」
僕がそう言ったと同時に、隣の部屋からドタンッと何か倒れたような音が響いた。
スマホを片手に、慌てて隣の部屋に向かった。幸いにも鍵はかかっておらず、スリッパのまま襖を開けて部屋に踏み込む。
「何してるんだ! 」
敬語も何も吹っ飛んだ。目の前には布団に押し倒され、顔を背けて係長から逃げようとしている凛と、そんな凛の手を拘束して上にのし掛かっている係長がいたから。
僕の後ろから、「ピッ」という音がした。
「離せ! 今すぐ凛さんから離れろ」
布団に駆け寄り、係長の肩を強く押すと、係長は横にゴロリと転がった。凛が布団から起き上がり、僕の首に抱きついた。
「……あ……天音君」
「凛さん、大丈夫。大丈夫ですから。くるのが遅くなってすみません」
凛は小刻みに震えながら、何度もうなずいていた。
「係長、酷い! 昨日あんなに……」
希美が甲高い声で叫ぶと、係長はノロノロと起き上がり希美に視線を向けた。
「……高柳だと思った。有栖川なんかに手を出すつもりなんかなかったんだ! 高柳の部屋にいたから、高柳だと……。高柳が好きなんだ! 高柳が……」
係長は「高柳」を連呼し、その度に凛は強く僕にしがみついた。
「凛さんの彼氏は僕です。係長には奥さんだっているじゃないですか。もしこれ以上凛さんに拘るようなら、このことを専務に直談判します」
「……」
係長は黙りと畳を見つめた。
「……たとえ会社を辞めることになっても。それで高柳が手に入るなら……」
「入らないですよ? 凛さんは僕の彼女ですから」
「高柳はおまえのことなんか! 」
「好きですよ」
僕の胸元から声がした。
見下ろすと、いつも通り無表情の凛が顔だけ起こして係長の方へ振り向いた。
「私は天音君が好きです。彼の匂いも体温も私を落ち着かせてくれます。中村係長のことを好きだったことは一度もありません。さっき触れられた時も、嫌悪感しかありませんでした」
「係長、私、セクハラで訴えたいと思います」
「えっ?! 」
いきなり会話に入ってきた希美に、皆の視線が集まる。
「昨日、私に手を出したのは、高柳さんだと勘違いしたからなんですよね? 」
「当たり前だ! 暗くて見えなかったから……」
「三回も抱いたくせに? 朝だって、私だってわかってからもしましたよね? 」
「それは君が……」
またもや「ピッ」と音がして、希美はスマホを下ろした。
「証拠の協力ありがとうございました。では、私はこれで。天音君、これ、君のスマホにも転送しといたからね。っていうか、同期のラインに流したから保存よろしく」
希美はいつものあざと可愛い笑顔を浮かべると、お邪魔しましたと挨拶をして小走りで部屋を出て行ってしまった。
「今の……」
僕がスマホを確認すると、部屋に踏み込んでからさっきまでの様子が動画で録られてラインにアップされていた。
「あ……」
それを確認した係長は放心したように座り込み、僕は凛さんの腰に腕を回して立ち上がった。
「凛さん、行きましょう」
「うん」
多分、僕や凛さんが何かしなくても、この動画は会社に拡散することだろう。
係長がどうなるかはわからないけれど、そんなこと知ったこっちゃない。今は凛さんと二人で話さないといけない。
だって、さっき凛さんは何て言った?
僕のことが好きだって……。
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