第40話 両サイド~恋人

「あの……さっき……」


 天音と凛は凛の部屋に移動していた。

 目の前には希美と係長が乱れたであろう布団があったが、この際無視である。

 天音が何を聞きたいのかわからないのか、凛は無表情で天音を見上げていた。天音が凛の肩にそっと手を伸ばして触れても、凛の表情は変わることない。


「さっき……僕のこと好きって……係長の手前ですよね」


 違うと言って欲しい……天音は珍しく笑顔を封印して年相応な男の顔をのぞかした。ちょっと泳いだ凛の瞳を見て、天音は手を離してうわべだけの笑顔を浮かべた。


「僕達付き合ってますけど、お互いの異性避けの為ですもんね。僕は凛さんのこと好きですけど、凛さんは違いますもんね。……ハハ、いつかちゃんと好きになってくれたら嬉しいんですけどね」


 凛は天音の手をとって、目の前で軽く握った。


「好き……ですよ? 多分」

「多分ですか? 」


 凛は手を引き寄せて、天音の肩におでこをつけた。


「私……恋愛したことないの。好きって思ったこともない。どちらかというと、男の人は嫌い。自分の気持ちや性欲を押しつけるだけだから。でも、天音君はそうじゃなかった。そばにいるのが自然で、一緒に寝ていてもなんか家族みたいで」

「いや……下心がない訳じゃ」


 天音が言い淀むと、凛は顔を起こして珍しくクスッと笑った。

 その笑顔が可愛くて、天音は真っ赤になって見惚れてしまう。


「そうだとしても、無理に何かをしようとはしなかったでしょ。天音君の隣は凄く落ち着く。天音君の匂いは凄く好き。触られるのも、たまに触れるだけのキスをくれるのも、ごく自然に受け入れられる」

「キス……、嫌じゃない? 」


 凛は答えることなく目を閉じた。

 その奇跡のように整ったキス顔を間近に見て、天音の理性がプチンと切れる音が実際に聞こえた気がした。


 凛の唇に指を這わし、その反応を見た。凛は目を開けることなく、されるがまま動かない。

 天音は凛の後頭部に手を添え、凛の唇に唇を押し当てた。いつもの触れるような挨拶のようなキスではなく、強く押しつけてから唇を食む。


「……フ……ッ」


 凛の口から息が抜けるような音が漏れ、最初されるがままだった凛の唇が天音の動きに合わせるように動き出す。

「ウンッ……ウッ」とお互いに息を漏らしながら、しばらく唇を食んでいたが、凛の唇が開いた隙に天音は凛の口腔の中に舌を滑り込ませた。舌をのばして絡ませると、凛もおずおずとではあるが反応を返す。


 クチュクチュ……という音だけが部屋に響き、凛も天音も時間を忘れてお互いの唇を貪った。

 息継ぎに唇を離した時に、近距離でお互いの視線が絡んだ。


「凛さん、好きです」

「私も……好き」


 凛がクシャリと笑う。

 その笑顔は破壊的だった。天音の腰か抜けるほどに……。


 顔を両手で覆ってしゃがみこんでしまった天音の前に、凛も膝をついてその顔を覗き込む。


「どうしたの? 」

「……見ないで。今、凄いだらしない顔してるから」

「何で? 天音君は可愛いよ? 」


 天音は大きくため息をついた。


「可愛いのは凛さんです。その笑顔、核兵器ですよ」

「かわ……いい? 」


 今まで、正統派美人とか綺麗とかは言われてきたが、可愛いと言われたのは幼稚園以来だろうか? いや、幼稚園の時だって可愛いよりは美人さんと言われていた。

 それに笑った?

 私が?


 凛に笑った意識はなかった。


「絶対に僕以外にその顔は見せないでくださいね。ストーカーが続出しちゃいますから」

「わ……わかった」

「絶対にですよ! それと……」

「それと? 」

「今日は凛さんちに帰っていいですか? 」

「う……ん? 」


 天音は珍しく凛の家に行くお伺いをたててきた。最近は何も言わずにくるか、行きますねと決定事項だったからだ。


「今日は恋人らしく過ごさせてもらいますから、覚悟しておいてください」

「恋人……らしく? 」

「フレンドリーなキスもハグも終了です」

「えっと……あの……? 」


 天音は再度凛の唇を塞ぐと、舌を絡めるキスをした。


「ウッ……」


 チュポンと音をさせて唇を離すと同時に、凛を強く抱き締めて耳たぶを食んだ。背中を撫でる天音の手は、明らかに性を意識させる動きをしていた。


「続きは帰ってから」

「……お手やわらかにお願いします」

「誠意努力します」


 お手やわらかにできたかどうか……無理だったかもしれない。



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本当に男嫌いですから! 近寄らないで下さい……ね? 由友ひろ @hta228

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