第37話 凛サイド(榎本・春香サイド)~楽しい飲み会

「榎本さん! その無駄な筋肉は攻めですよね?! 」

「無駄言うな! 」

「そして、天音君は受けですか?!」

「なんの世界だ?! 」

「もちろんBLです! ああ、でも榎本さんは体格はバリバリBL向きだけど、いかんせん顔が……」

「顔がなんだ?! 失礼な奴だな」

「野性味溢れ過ぎです! ゴリラに親戚はいませんか? 」

「いねぇよ。全員人間だわ。ウホウホ言う奴はいねぇ」


 春香はかなり失礼な物言いをしているが、榎本は突っ込みつつも楽しそうにしていた。


「春香ちゃんって……腐女子ってやつ? 」

「違います! 漫画も……小説もですが、活字が書いてあるものはなんでも好きなんです。BLも好きですがTLも大好物です」

「TLって? BLは男同士のナニだろ。じゃあ女同士の? 」

「ティーンズラブ。少し過激な恋愛物です」

「何それ? 高柳まで知ってるって、一般常識? 」


 榎本が目を丸くし、天音も首を傾げている。男性には馴染みがないのかもしれないけれど、私もTLは好きだ。ストーリーはしっかりしているし、Hな部分さえ流し読みすれば、のめり込んで読めてしまう。

 BLも嫌いではないけれど、私の回りにはいない……と思うし、余所事のような気分でいまいちのめり込めない。まぁ、TLだって日常にあんなイヤらしいことはおきないと思うけれど。

 天音だって、毎週うちに泊まりききていても、男を意識させるような行動はしないしね。


「普通。……ねぇ、有栖川さん、戻ってこないわね」


 私達は、食堂から移動して女子部屋で宴会の続きをしていた。

 榎本の部屋は飲んべえ男子社員の飲み会部屋になっていたし、天音の部屋は先に寝に帰った宮内寝ている筈で、女子部屋しか選択肢がなかったのである。

 そして、ちょっと電話かけに行くとフラフラと席を離れた希美が、いまだに戻ってきていなかった。


「トイレとかにもいなかったんだろ? どこか男子部屋に潜り込んでるんですよ」

「えっ? 」


 天音の突き放したような言葉に、思わず榎本に目をやる。しかし、榎本は特に気にした様子もなく、希美のことを好きだと思っていたのだが、そうでもなかったんだろうか?


「いや、そんな……。どっかの部屋の飲み会に参加してるのかな。小出さん、電話かけてみてくれないかな? もしどこかでつぶれていたら心配だし」

「いいですけど……邪魔するだけな気がしますけど」

「えっ? 」

「まぁ成人した大人なんですから、自己責任でいいと思いますよ」


 なんか、私よりも大人な意見な気がするんですけど?

 私より四つ下だよね?


「有栖川ちゃんは大丈夫だよ。ちゃんと自分で対処できるだろ。ところで小出ちゃん、日本酒はいけるくち? 」

「辛口なら」

「いいね、じゃーん! 久保田なんかどうかな」

「いいですね! 」


 それから、希美のことは放置で酒盛りが始まり、気がついた時には天音は壁に寄りかかり寝込み、私はそんな天音の膝枕で寝ていた。


「この二人、本当に付き合ってるんかね」

「二人が言うんですからそうなんじゃないですか? 」

「そうだよなぁ。でもなぁ、色気がねぇんだよな」


 全く顔色の変わらない榎本と春香が、紙コップに日本酒を注ぎながらまるで水を飲むようにあおっていた。


「色気? 高柳さんですよ? 色気ありまくりじゃないですか」

「ねぇだろ。そりゃ見映えはいいし、スタイルもいいけどよ、ムラムラくるもんがない。人形とかそんか感じ」

「でも、そういう趣味の人もいますよね」

「まぁ、いるだろうね。俺は勘弁だけど」

「榎本さんはおっぱい星人ですもんね」

「おおよ! チイパイもデカパイもどんとこい! 」

「巨乳オンリーじゃないんですか? 」

「巨乳は観賞用。一般論的に好きなだけ。実際の今までの彼女とかはみんなチイパイだったな」

「へぇ、そんなに沢山いたんですか」

「そこそこ、普通? じゃないか」

「筋肉ゴリラのおっぱい星人のくせして」


 榎本はハァとため息をつく。


「おまえね、年上を敬うとか、先輩をたてるとか、そういうのないんか? 」

「真実を述べたまでです」

「ふーん……、いいけどね。で、チイパイの小出ちゃんの今までの恋愛は? 」

「二次元オンリーです」

「元気に断定するな。じゃあ今も? 」


 榎本は目元を緩めて春香を見下ろしていたが、春香はそんな榎本には気づかずに日本酒を手酌する。


「三次元には興味ないんで」

「ふーん、興味ないの? へー、リアル筋肉とか見てみたいとか触ってみたいとかない訳? 」


 春香は、ジーッと榎本の胸筋を見つめ、真剣に悩んでいるように手を口に持っていって首を傾げた。


「……そうですね。一見の価値はあるかもしれないですね」

「一見どころか、十見でも百見でも。ほら、どんとこい! 」

「はあ」


 春香が榎本の胸にペタリと左手を乗せると、榎本はその左手首をつかんだ。そのまま視線が重なって、しばらく天音と私の寝息だけが響いた。


「じゃ、お礼に俺にも小出ちゃんの胸筋触らせて」

「残念ながら、触り心地抜群な発達していないので却下です。それに、いまだに彼氏がいたことないので、せめて最初に触られるのは彼氏がいいですしね」

「最初って、痴漢とかに触られたことぐらいあるだろ? 通勤通学とかでさ 」

「ないですね」

「なら、俺が彼氏になったら全くの最初? マジで? 触り放題? うわっ、俺が彼氏でよくね? 」

「触り放題にはなりませんが……榎本さんは私の彼氏になりたいんですか? 」

「なりたい! だから触らせて。小出ちゃんの初めての男になりたい」


 春香は胡散臭げに榎本を見た。


「私……、榎本さんのこと好きではありませんよ」

「お互い最初から好き同士のカップルなんてあんまないって。こいつらだってそうだろ。笹本と高柳の熱量違うし。三次元も試してみろって。俺限定で」

「はあ……まあ……、お試しなら。でも、おっぱいはまだ触らせませんよ! 」

「ま、そのうちな。じゃ、改めまして乾杯な」

「「乾杯」」


 榎本と春香二人の宴会は朝私達が起きるまで続き、そして机回りに転がる酒瓶を見て唖然とした。どれだけ飲んだの? と呆れるくらいの量が空瓶と、見るからに酔っぱらっていない二人。呼気は明らかに酒臭いだろうが、顔色には表れていない。

 私が天音の膝の上から身体を持ち上げて二人を見ると、榎本がニヤリとコップを持ち上げた。


「おはよう。朝の一杯いくか? 」

「冗談。ずっと飲んでたの? 」

「まぁな。すげぇよ、俺のペースで飲める女なんて初めてだ。男でもなかなかいねぇのに」

「へー、小出さん凄いわね」

「遺伝です。うち、みんなウワバミだから」

「さてと、高柳、そいつ起こして朝飯行くぞ。春香、先行こうぜ」


 榎本と春香はごく自然に立ち上がり、榎本が春香の肩を組んで先に部屋を出てしまう。


 なんでフラフラもせずにシャンと歩けるの?

 というか、名前呼び?

 寝ている間に何があった?!




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