本当に男嫌いですから! 近寄らないで下さい……ね?

由友ひろ

第1話 凛サイド ~何がどうしてこうなった?


 ……喉が渇いた。


 胃がムカムカして、頭の芯が重い。頭痛までいかないけど、目を開けるのがしんどい。

 それでも頑張って瞼を開けたのは、喉の粘膜まで意識できちゃうくらいの渇きからだった。

 ボンヤリと見える壁は、見慣れた私の部屋の物ではない。


 ……どこだここ?


 点線だった意識が少しづつ太い線になっていき、目の焦点が合ってきたその途端、首の下でモゾモゾと動く感触に、思わずフリーズしてしまう。

 目は壁をガン見し、身体の筋肉が強張り、胸元にあった拳をギュッと握った。


 ゾワゾワする違和感。


 裸のお腹を滑る暖かい感触。モゾモゾと足に擦り付けられる何やら筋肉質な物体。背中に感じる熱い体温。首もとに触れる生暖かい風……。


「……あれ、凛さん起きたんですか? 」


 少し掠れたザラリとした声と、僅かに笑みが溢れたような空気がした途端、お腹の上にあった手が私のことを引き寄せ、足に触れていた筋肉質な物体が絡まってくる。どの感触も生暖かく、布を介している感じはない。


「おはようございます」

「…………お……はよう」


 激しい恐怖に喚きたくなる喉がひきつり、空気を吸うことさえ忘れていた私は、挨拶と共にやっと肺に新鮮な空気を取り込んだ。嗅ぎ慣れない他人の香りに、ギシギシと固まった首を動かして後ろを振りかえる。


「凛さん、朝からキレイ過ぎです。……フッ、やだなぁ。ドキドキしちゃうじゃないですか。凛さんは相変わらず通常運転ですね。そんなクールな視線で見られたら……ヤバ……頭冷やしてきます」


 目元にチュッとキスを落とされ、デレデレの甘い笑顔を向けられる。

 二週間前から毎日見ている顔がそこにあった。

 毎日きちんとセットされている髪型は所々寝癖ではねあがり、丸く大きな目は蕩けそうな程垂れ下がって、男子にしたらふっくらとした唇は弧を描いている。喉仏を見なければ可愛らしい女の子みたいな顔立ちの彼は、新入社員の笹本天音ささもとあまね。見た目も名前も可愛らしい彼は、会社の先輩女子社員に女の子認定されて可愛がられているジェンダーレス男子。


 ジェンダーレス?

 どこがよ?!!!


 ベッドからスルリと抜け出した天音は、スッポンポンながら特に何を隠すでもなく、ごく自然な動作でベッドを回り込み、扉を開けてバスルームへ向かった。


 そこがトイレじゃなく何でバスルームってわかったか……。だって、丸見えなんだもの!

 どうなってるのよ、この部屋?!

 狭い部屋に不釣り合いな大きなベッド。ガラス張りで透けて見えるバスルーム。


 唖然と透けるバスルームを見ていると、バスルームからニコニコと手を振る天音と目が合い、私は首がよじれるんじゃないかってほど真横を向いた目を反らした。


 すると、ベッドサイドのテーブルに、キレイに畳まれたキャミソールの上に見慣れたブラとショーツが乗っており、その横にストッキングがクルリと結ばれて転がっているのが目に入った。壁には昨日着ていたスーツと淡いブルーのレースのタンクトップがハンガーにかけられ、その横には男物のスーツがかかっている。


「………………ッ!!!」


 声にならない悲鳴を上げて下着を掴むと、布団の中で下着を身につける。


 何がどうしてこうなった?!


 他人が見たら全くの無表情のまま、私の頭の中は盛大にパニックに陥る。思考はひたすら昨日の記憶をなぞり、事細かに思いだそうと奮闘する。


 昨日……、昨日は新入社員の歓迎会をして……、それから?



 ★★★


 小さい頃、大人達は私に凄く優しかった。

 じっと見つめると、お菓子をくれたり頭を撫でてくれたり。


「凛ちゃんはお人形さんみたいに美人さんね。大きなおめめに、可愛らしいお口。そのほっぺたとか食べちゃいたいくらいだわ」


 食べられたくはないし、ベタベタ触られるのは気持ち悪かったけれど、大人達は黙って見上げるだけで美味しいお菓子を食べさせてくれたり、ジュースをくれたりした。

 凄く嫌だけれど、私は最低最悪の遺伝子上の父親にそっくりだったせいだろう。

 父親は母親の紐だった。

 父親は日本とイギリスのハーフで、金髪に近い栗毛、堀の深い顔立ち、高身長ながらほっそりと線は細く、甘い雰囲気は女を引き寄せて離さない。

 くる人拒まず……それは結婚して妻子ができても変わらなかった。


 悪気がない……。


 夫、父親としては最悪だ。

 他の女に迫られて、困った表情をしつつ突き放せない夫(父)、求められるままにキスを与え、身体も許す。


 気が強い割りにヘタレな母親に耐えられる訳がなかった。相手とバトルこともできなければ、そんな父親を諌めることもできなかった。怒りにまかせて離婚し、生活能力のない父親は、金持ち未亡人と再婚した……らしい。らしいというのは、離婚したときから一度も会ってないから。


 最低最悪な父親。そんな父親と見た目が瓜二つの自分。髪の色と目の色は純日本人の母親譲りだったが、くっきり二重の涼やかな目元、細く高い鼻梁、ふっくらと色付く唇、肌は西洋人のごとく白いがキメは東洋人のように滑らかだ。

 身長は日本人女性にしたら高めかもしれないが、高すぎることはなく、スタイルは抜群……。


 高柳凛たかやなぎりん、二十六才。自他共に認める美貌を持つ私……、そんな私の唯一の野望は、独りで過ごす安らかな老後である。

 男にまとわりつかれることなく、無事に定年退職して送るまったりスローライフ。

 痴漢にあうことも、ストーカーに追い回されることもない穏やかな生活。身に覚えのない浮気や不倫を責め立てられ、親友だと思っていた女子達に嫌がらせをされることのない生活……。


 あぁ!!!

 そんな生活を送れたら!!


 独り暮らしにしては少しリッチな1DK(完璧なオートロックにセ○ムによる24時間管理)の寝室で、愛読書(TL小説)片手に、大きなため息をつきつつ、ベッドの上でゴロゴロする。


 私が人間嫌い……男嫌いになったのは、ジゴロ気質の父親のせいばかりではない。

 無条件に可愛がられたのはせいぜい幼稚園くらいまで。小学校も高学年くらいになると、この見た目のせいか、電車に乗れば必ず痴漢にあい、クラスの男子……いや学校の男子の八割以上より告白された。ちょっと笑っただけで勘違いされ、迷惑な好意を押し付けられる。それが嫌で、いつしか笑顔を作ることを止めた。誰の琴線にも触れないように無表情を徹底させる。それでも言い寄ってくる男は絶えなくて、彼女や奥さんのいる男子・男性もその中にはいて、もれなく私は女子・女性に嫌われる。ただなんとなく嫌いというのではない。激しい憎悪の感情を向けられるのだ。


 そんなこんなで、私には友達はいない。異性に良い感情も持つことはなかったから彼氏がいたこともない。


 私の鼻がもう少し低ければ、目がもう少し小さければ、口がもう少し大きければ……。

 ないものねだりなのはわかっている。

 もっと普通の容姿だったならば、友達もできただろうし、崇拝されるような関係じゃなく対等に支えあえるような彼氏もできたかもしれない。


 いっそのこと整形でもしようかしら……。


 ビビりでヘタレ(表情には決してでないんだけど)な私は、とてもじゃないが顔面にメスなんかいれられる根性はない。


 そう!


 絶世のアイスドールと称される私は、実は表情筋が退化しただけの、ただのビビリな小心者なんです。

 別に回りの人を見下したり、馬鹿にしてる訳じゃないんです。

 無表情のコミュ症……(但し超絶美人)が私、高柳凛である。


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