第2話凛サイド ~新入社員歓迎会

「高柳~、相変わらずキレイな顔してんなぁ。さすがハーフはスタイルも日本人離れしてるし、何でうちなんかの事務やってっかな。秘書課のキレイどころと並べてもダントツだろうが」

「恐れ入ります」


 隣りの席に座った係長が、酒臭い息を巻き散らかしながら、いやに近い位置で喋っている。ジリジリと距離を離しながら、適当に返事をしているのだが、10センチ離れると15セン間を詰められ、すでに膝がぶつかっていた。逆側は壁だから、避けられる限界がある。

 ちなみに、私はハーフではない。父親がハーフだからクォーターである。説明も面倒だから放置しているけど。


 いつもなら会社の飲み会は基本不参加だ。今回の新入社員歓迎会や、忘年会、壮行会・送別会などの外せない飲み会だけは、とりあえず一次会だけは参加するようにしていた。


 仲良く話す人間がいる訳でもなし、だいたいは上司に囲われて接待飲み、無礼講と称したセクハラに耐えなければならないから。だいたいにして無礼講って、上の人が下の人に無礼を働くって意味じゃないよね?

 今回は係長にロックオンされて、歓迎会の筈が差し飲みのようになってしまっていた。


「高柳って、彼氏とかいないって本当? なあなあ、いつからいないの? 」


 それはセクハラです。


「何食ったらそのスタイルが維持できる訳? 他の女子らにレクチャーしてやりなよ」


 だから、セクハラです。


 係長は飲むとしつこくなる。しかも女子社員に対して、セクハラ三昧になる。それでも訴えられたりしないのは、それなりに整った容姿と、バックに会社専務(奥さんの実家)がついているかららしい。


 私は常に無表情、無感情、淡々と上司をいなすからか、飲み会の時はだいたいが上司達の席……特にこのセクハラ係長の隣りにセッティングされがちだった。


「ほらほら~、もっと飲んで飲んで。宮内、新しいカクテル作ってやって」


 係長は、さっきからひたすらに私に酒をすすめ、就職二年目の宮内に合図しながらカクテルを作らせていた。宮内は、チラチラ私の方を見ながらも、係長に言われるままに酒を作る為に私の席の後ろまでやってきた。


「宮内君、私はそろそろお茶で……」

「大丈夫、大丈夫、薄めに作らせているから。なあ、宮内? 」

「え……あぁ……はい」


 オレンジジュースベースだし、凄く飲みやすいから、まだそんなに酔ってはいない……筈。

 相づちくらいしかうってないし、席替えで立ち上がることもなかったせいか、そんなに酔っぱらっているという意識もなく、半分くらい残っているカクテルを飲み干し、グラスを宮内に渡した。


「おっ! いい飲みっぷりだね。やっぱり外人さんは酒に強いな」


 だから、クォーターです。


「今日な、かみさんが実家に帰ってるんだよ」


 係長が、内緒話しのように私の耳元で囁いた。


「そうですか」


 しなだれかかるように身体を寄せてきた係長に、私は少し肘を張るようにして距離をとる。


「彼氏いなくて長いんだろ……ならさ……」


 いなくて長いというか、いたことすらありませんけど。

 というか、それが係長と、係長の奥様が実家にいるのと、何の関係があるのか?

 さすがにこの距離はセクハラですと訴えていいだろうか?


 色々なことを考えながらも、止めてくださいとも、離れてくださいとも言えず、その距離を許容してしまう。

 まあ、電車の痴漢なんかよりは距離があるし、気持ち悪く身体を触られている訳じゃないのだから、耐えられないこともない。

 凄く気持ち悪いけど。

 一応上司だし、回りからもストップがかからないから、これは我慢しなきゃいけないレベルなんだろう。


 ため息をつきたくなりながらも、さすがにもう避けようがないくらい壁側に追い立てられてしまったから、私は席替えをしようと鞄を手に立ち上がった。


「どうした? 酔っぱらって帰りたくなったか? 俺、送っていくぞ」

「いえ、トイレです」


 立ち上がった途端、足がフラッとして壁に手をついた。逆側は係長だから、何としてもそちら側に倒れる訳にはいかない。


 何だろう?

 まだそんなに飲んでない筈なのに、頭がクラクラして何か視界が狭いような……。


「ふーん、ちゃんとこの席に戻ってこいよ」

「……はあ」


 一番端の席から同僚達の後ろをなるべくぶつからないよう、躓かないようにゆっくりと歩き、なんとか部屋を抜けて店の外にあるトイレへ向かう。

 トイレに行きたかった訳じゃないから、軽く化粧直ししただけでトイレから出た。


 それにしても、頭がグルグルする。目を閉じてしまいたくなり、私は壁に寄りかかってしばらく浅く息を吐きながら目を閉じた。


 体調が悪いんだろうか?

 寝不足ということもないし、熱っぽいということもなかったんだけど。


「高柳先輩、どうしました? 」


 うっすら目を開けると、かなり近い位置で笹本天音の丸くて大きな瞳が心配そうに揺れていた。


「……笹本君」


 うちの課の新人の一人で、一番人気のジェンダーレス男子だ。男子女子問わず、今期新入社員の中で一番可愛いと噂されている。今日の飲み会でも、彼のテーブルは女子社員で溢れていた。


「具合悪いんですか? 水もってきましょうか? 」

「……大丈夫。少しここにいれば……ね」


 下手に私が具合が悪いと係長にばれたら、看病するからとかついてきそうな気がした。


「でも……」

「迷惑かけたくないの。……ふぅ、少し酔っぱらったのかしら。そんなに飲んだつもりはないんだけどね。笹本君はトイレに出てきたんでしょ? 私は大丈夫だから」


 こんなところで一番人気君と二人で話しているのが見つかったら、それでなくても女子社員から良く思われていないのに、どんな陰口を叩かれるかわかったものではない。

 私は彼の肩をトイレの方へ押しやると、くっつきそうになる瞼をなんとか開いて、店に戻ろうとした。しかし足がよろけて躓きそうになる。


「先輩! 」


 後ろから予想外に強い力で腕を引かれ、なんとか転倒を免れる。が、ズルズルと膝の力が抜けて、床にへたりこんでしまう。


「立てますか? 」

「……」


 もう、瞼が限界だった。


 私は自力で立ち上がることもできず、ストンと意識もなくなった。

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