第20話 凛サイド~凛の部屋

「天音君……その荷物」


 まるで数泊するかのような大荷物をひいて、ニコニコと喫茶店にあらわれた。


「置き荷物……ダメですか? 」

「ダメじゃないけど……行こうか」


 付き合った人がいないからわからないが、こうやってお互いの荷物を置くのが普通なんだろうか?


 帰りにスーパーで肉じゃがの素材とブリ、ビールを買って私の1DKのマンションに帰った。


「どうぞ、適当にくつろいで」

「はーい。荷物、出していいですか? 」

「お好きにどうぞ」


 自分の部屋に他人がいる!


 二十六年の人生で初だ。しかも、お泊まりなんて……。

 なんか、普通の女子みたいではないだろうか? 友達とのパジャマナイト……憧れたなぁ。

 少し浮かれ気味に、肉じゃがの下準備をしていく。彼女ご飯の定番料理だが、天音のリクエストだった。


 ほとんど野菜の皮をむき終わり、適当な大きさに切っているとき、ふとこれは楽しいお泊まり会ではなかったんじゃないかと手が止まる。


 あれ……天音は友達じゃなくて彼氏というカテゴリーではなかったか? 彼氏のお泊まりって、まさかのアレやコレや……。

 小説などで知識だけはある。あるけど嫌悪感しかない行為だ。


 ザクッと人参を切り、青ざめた。


 本当は断ろうと思っていた今日のお泊まり。あまりに自然な様子の天音が、ろくに会話もままならない私なのに楽しげに話しかけてくれるから、ついつい楽しいイベントのような気分になってしまっていたが、これは彼氏のお泊まりだった!


 今さらの思考に、恐る恐る振り向いて天音を盗み見する。


 天音は、ローテーブルの上に荷物を出し、ゲーム機をテレビにつないだり、DVDをデッキの横にたてかけたりしていた。私の部屋で楽しく過ごす為のグッズを嬉しそうに用意している様は、男女のアレコレを懸想しているようには見えない。

 セクシャリティを感じさせない容姿だからか、彼を見ていても危機感みたいなものは感じられない。友達の家に遊びに来たというような気楽な雰囲気に安堵し、私は再度夕飯作りに専念した。


「凛さん、部屋着に着替えていいですか? 」

「ああ、どうぞ。そこにハンガーあるから、スーツかけてね」


 後は煮るだけという状態になり、ハンガーのある位置を教えようと振り向くと、すでに天音はポイポイスーツを脱ぎ散らかし、パン一になっていた。


「はーい。これですね」


 半裸のままスーツをハンガーにかけ、それをどこにかけようかウロウロしている。


「洋服かけは寝室なの。そ……そこに、扉のとこにかけておいて」


 慌て視線を戻し、心臓がバクンバクンするのを押さえようと目を閉じた。

 天音の素肌を見るのは二回目じゃないか。焦ることなんか……。

 そう二回目……二回目……二回目って、やだ! 思い出しちゃったじゃないの。

 ラブホテルで見た引き締まってプリンとした天音のお尻を……!


 今はパンツ履いてる。ボクサーパンツというのか、身体にピッタリしたパンツを履いている。だから大丈夫! 何てことないのよ! そう水着と一緒じゃない。


 いきなり視界に入った天音のパンツ姿と、過去の全裸の後ろ姿が思い出され、私はプチパニックになっていた。料理が包丁を使う過程を過ぎていたのが幸いした。もし包丁なんか持っていた日には、明らかにスプラッタな状況になっていただろうから。


「凛さん、なんか手伝うことある? 」

「ヒェッ……」


 思わず変な声が出てしまったが、振り返って見た天音はTシャツに五分丈のジャージズボンを履いていた。


「あと煮込むだけだから大丈夫。テレビとかも適当に見てていいから。ちょっと私も着替えてくる」


 帰ってすぐに料理を始めた為、スーツにエプロン姿だったのだが、いつまでもこれでは落ち着かない。煮込む間に着替えてこようと、天音のスーツを片手に寝室に向かった。部屋に鍵はかからないが、まさか覗いたりしないだろう……と思いたい。


 本来は裸族の私に部屋着は存在しない。部屋で洋服を着ているのに違和感しか感じないけど、さすがに素っ裸で天音の前に現れる訳にはいかない。


 Tシャツに……下はどうしよう?短パンはまずいかしら?

 ブラは外しても平気よね。黒だから透けないし、ダボッと大きめだからバレない筈。


 結局、黒いダボTにジーンズにした。生足を見せつけるのはどうかと思い、短パンは却下したのだ。

 家にいる格好としては苦痛でしかなかった。


「あれ、家でジーンズはつらくないですか? 」


 部屋着としては違和感を感じたようで、ダイニングに戻った私の姿を見た天音の第一声がこれだった。


「……あぁ、まぁ、そうね」

「凛さんのくつろいだ姿見たいなぁ。どんな部屋着か楽しみだったんですけど」

「部屋着って……持ってなくて」

「持ってない? 凛さん、おうちでもきっちりしてるんですか? 」

「いえ、むしろ逆というか……」

「逆……? ハハ、裸族だったりして」

「……」


 バレた……。


 天音は冗談で言ったらしいが、私が否定しないので、えっ? えっ? と視線を泳がせる。


「凛さん、是非いつも通りで! 」

「無理です! 」

「ですよね。でももっと楽なズボンはないんですか? 」

「ジョギング用の短パンなら」

「ジョギングするんですね。それでいいじゃないですか。ジーンズよりは楽でしょ」


 そう言われると足を出したくないとも言えず、再度着替えに寝室に戻った。


「あ、その方が楽そうです」

「そうね」


 グレーの短パンを履いて天音の前に立つと、特に生足に視線を感じることもなくニッコリと微笑まれた。

 男性の性的な視線は苦痛でしかなかった為、それを全く感じない天音の態度は衝撃だったし凄く好ましく思えた。


 こんな男の子もいるんだ……。




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