第51話 世界一かわいい俺の幼馴染が、今日も可愛い


 ──幼馴染モノを書こう。


 天啓のようにそう思った。


 幼馴染と初々しかった日々。


 幼馴染と少しずつ距離を縮めていった日々。


 幼馴染ともっと触れ合いたいと思った日々。


 その全てを小説にぶつけよう、そう思った。


 幼馴染との運命的な邂逅を。


 幼馴染の名前を知った日のことを。


 幼馴染の好きな食べ物ものを知った日のことを。


 幼馴染の苦手な食べ物を知った日のことを。


 幼馴染の笑顔を知った日のことを。


 幼馴染の涙を知った日のことを。


 幼馴染の家に行った日のことを。


 幼馴染の手料理を食べた瞬間を。


 幼馴染のRINEを知った瞬間を。


 幼馴染の手の温もりを知った瞬間を。


 幼馴染の髪の梳き心地を知った瞬間を。


 幼馴染の体温を知った瞬間を。


 幼馴染を笑顔にできた喜びを。

 

 幼馴染を悲しませてしまった絶望を。


 幼馴染のことを好きだと自覚したあの日の感情を。


 幼馴染に抱いた愛おしいという気持ちを。


 そんな、幼馴染に対する想いの全てを、物語にぶつけよう。



 強く、そう思った。



 幼き頃の主人公とヒロインには友達がいなくて、いつも一人だった。


 そんなふたりがひょんな事から出会う。


 最初は似た者同士、ただ一緒にいるだけの関係だった。

 それが時が経つにつれて、一緒に遊ぶようになり、一緒にご飯を食べるようになり、お互いの家に行くようになる。


 喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、様々な感情を共有する。


 一緒に笑った、はしゃいだ、楽しかったねと、二人で笑顔を見せあった。

 仲違いもした、声を荒げた、悲しくて泣いた、でもそれでもすぐにごめんねって仲直りして、やっぱり二人で笑いあった。


 そんな日々が続くうちに思春期を迎え、どこかぎこちない、悶々とした日々が訪れる。

 お互いがお互いの気持ちに素直になりきれず、どこまで接していいのか、どこまで接してはいけないのか、距離感が掴めず思い悩む。


 しかし些細なことがきっかけになって、二人はお互いの気持ちを自覚する。


 もっと君のことを知りたい、もっと君といろんなところに出かけたい、もっと君に触れたい、もっと君の体温を感じたい……いや、何も多くは望まない。


 君がそばにいてくれれば、それでいい。


 ああ、そうか、俺の、私の、一番大切な存在は誰なのか。


 自覚した瞬間、ふたりの距離はゼロになり──。


 そんな焦れったくて甘々で、読んでいて砂糖をどばどば吐いてしまいそうな幼馴染あまーを書こう。


 書きたい!!




 俺は、そういうのが書きたいんだよ!!!!!!


 


 灼熱の業火と張り合わんばかりの情熱と欲求に突き動かされ、家に帰ってすぐノーパソを開いた。


 そこからは一直線だった。

 ただ一心不乱にキーボードを叩いた。


 書けなかった三日間は幻かと思うくらい、軽快なタイピングだった。


 身体が、心が、指先が、もっと書きたい、もっと書かせてくれと叫んでいた。


 今まで味わったことのない高揚感、興奮、楽しい、楽しい! 


 そんな気持ちに身震いしながら書き続けた。


 思考の速度に指が追いつこうと必死だった。


 直感的に浮かんだタイトルと、それをそのまま表したあらすじを書いた後、すぐに本文に着手する。


 第1話は1時間で書きあがった。

 一度だけ見直した後、『食おうぜ』に投稿する。


 いつもなら5分以内にはくるニラさんから感想は、無かった。


 『感想は、次会った時に纏めて言います』


 ニラ……じゃない、凛からそんなRINEが来てたから、気にならなかった。


 『ありがとう』と返し、もう一度、ありがとうと心の中で呟いた。


 すぐ第2話に取り掛かる。

 これも1時間もしないうちに書きあがった。


 また一度だけ見直し、『食おうぜ』に投稿する。


 次、第3話……!!


 勢いのまま書き上げては投稿し、書き上げては投稿した。


 閲覧数の伸びやランキングを意識するならよくない投稿方法だ。


 どうでもよかった。


 閲覧数が取れなくても、ランキングに上がれなくても、書籍化できなくても、感想欄で好みじゃ無いと言われようが、面白くないと言われようが、どうでもいい。


 たった一人の女の子にさえ届いて、微笑んでもらえればそれでいい。


 俺の書く理由はそれだけで良かった。


 それだけでよかったんだ。


 生まれて初めて書いたのは『ピノの旅』のオマージュ作品。

 佐藤めーぷる先生に憧れて書いた。


 その次に書いたのはやさぐれ聖女と天才不良少年の恋の物語。


 当時読んだ恋愛モノのライトノベルに影響されて書いた。

 凛に大変好評で、嬉しかった。


 その次は、隣席の美少女に消しゴムを貸したことから始まる、極道娘とのどたばたラブコメディ。


 凛に褒められたのが嬉しくて、また恋愛ものにしようと思って書いた。

 これまた凛に大好評だった、滅茶苦茶嬉しかった。


 それからネットを始め売れ専路線にシフトするまでずっと、恋愛ものを書いていた。

 

 なぜか?


 凛が喜ぶ顔、面白いってくしゃりと笑う顔を見たかったからだ。


 凛はもともと、恋愛ジャンルの漫画もアニメも大好きだった。

 俺が図書室で書いてる間じゅう、隣でずっと、恋愛モノの漫画を読んでいた。


 時折くすりと笑い、泣き、むむっと顔をしかめ、でもやっぱり笑っていた。

 俺の書く物語でも、そんな風にたくさんの表情を見せて欲しい。


 幼心ながら抱いたそんな思いは、今も忘れず胸の深い箇所に刻まれている。


 やっと気づいた。


 凛のために書くことすなわちそれが、俺のために書くことだったのだ。


 それに気づいた今、俺は無敵だった。


 誰よりも俺の作品を楽しみにしてくれている凛がいる。


 凛が、応援してくれている。


 俺が書く理由は、それで充分だった。


 思い起こす。


 凛のために書く時はいつだって、どんなお話だったら凛は楽しんでくれるだろう、笑ってくれるだろう、それが主軸となってお題が決まっていた。


 でも、今は違う、特別な軸があった。


 俺がどれだけ凛のことを想っているか、そしてそれがどれだけ凛に伝わるかが主軸だった。


 凛に、俺の想いの全てを、伝えたかった。


 伝わって欲しかった。


 そんな熱い思いに突き動かされるまま、黙々と俺は書き続けた。




 春休みは、10日あった。


 その間ずっと、俺は生命維持に必要な最低限の事以外、全てを執筆に費やした。

 家から一歩も出ず自室に篭って書き続けた。


 寝る間も食べる間も飲む間も惜しんで原稿と向き合い続けた。


 文字で世界を作り続けた。


 俺は今、世界中の誰よりも書いている、そんな自信すらあった。


 激情のままに書いた作品は春休み初日に始まって、春休み最終日に完結した。






 作品のタイトルは、


『世界一かわいい幼馴染が、今日も可愛い』






 たった一人の読者に向けて書いた、甘くて甘くてひたすら甘い、幼馴染愛に溢れたラブコメディである。


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