第7話 幼馴染のお弁当

「うまそおおおーー!!」


 昼休みの多目的室に俺の歓声が響き渡る。

 蓋をぱかりと開けて目に飛び込んできた光景に、思わず叫ばずにはいられなかった。


 一方の容器には黄金色に輝く卵焼きに、しっかりと衣のついた唐揚げのハニーマスタードがけ、ニラ玉にきんぴらごぼう。

 もう一方にはゴボウとたけのこの炊き込みご飯という、一目で冷食ではなく手作りだとわかる手の凝りように俺の興奮値は最高水準に達した。


「唐突に大声出さないでください子供じゃあるまいし」


 棘のある言葉の割には凛の口元は緩んでおり、頬はほんのりと赤らんでいる。

 両拳をにぎにぎしているのは、『こいつをぶん殴ってやろうか』じゃなくて『褒められたっ、嬉しいっ、やたっ』だと思う。


 ……こ、これは都合の良い想像じゃないと思うよっ?


「いいじゃないか、ここには俺と凛しかいないんだし」

「そういう問題では……というか、別にこんなところでコソコソ食べなくても」

「教室で一緒に食ってたら、クラスの連中にいよいよ『駄犬と女王様』とか言われちまう」

「なんて想像してるんですかやはり透くんは変態ですね気持ち悪い」

「女王様とか言われるのそういうところだからな?」

「うっ、うっさいです。まずは自身の発言の気持ち悪さを自覚してはどうですか?」

「ぐっ……俺も自分で言っといてちょっと寒気したから何も言い返せない!」

「その寒気が如何わしいものでない事を祈るばかりですね」

「Mじゃないよ!?」

「ドMですものね」

「オッケーわかったこの話は止めよう。とにかく、凛は変に噂されるの、嫌だろ?」


 言うと凛は「それは……」と言葉を飲み込んだ後、ちょっぴり不機嫌そうに、


「……別に、気にしないですのに」

「まあ、一応な。でもそれよりも、二人きりの方がなんか楽しいから、っていう理由もある!」

「ば、馬鹿なこと言ってないで、さっさとカロリーを摂取してくださいっ」


 凛に急かされてから「いただきます!」と元気よく手を合わせ、まずは唐揚げのハニーマスタードがけからぱくり。


「むっ!」


 あったかい!


 揚げたて、とまでは流石に言わないが、唐揚げにはしっかりと熱があった。

 サクッと小気味良い音を立てて衣が崩れたかと思うと、じゅわりと口の中に広がる肉汁。

 ハニーマスタードの濃い味付けがライス欲を掻き立てたかと思うと、後追いで醤油やみりん、ほのかに生姜の香りが鼻腔を抜けた。


 炊き込みご飯も一緒に掻き込んでから、純粋な疑問を投げかける。


「弁当飯って普通、冷たいもんじゃないの!?」

「アーマスの保温弁当箱です。温かい方が美味しい、と思いまして」


 凛の気遣いに、心まで温かくなる。


「それで、味のほうは……どうでしょうか……?」


 ちらり。

 僅かに不安を混じられた表情に、俺は親指を立てて断言した。


「最&高!」


 ほっと、凛が胸を撫で下ろし、ぎゅっと拳を握る。

 これはもう『褒められたっ、嬉しいっ、やたっ』だろう。

 

 可愛い。


 そのまま食べ進める。


「やっ、でも本当に美味いなこれ」


 大ぶりな卵焼きはほのかな甘みと、カツオだしの旨味が感じられる。

 しゃりしゃりと新鮮さを感じられるニラは半熟卵と絡んで大変美味である。

 炊き込みご飯はゴボウと筍の食感と素材の味が引き立つ絶品かつ、とても懐かしい味がした。


 この手間暇を俺のためにかけてくれたかと思うと、言葉で言い表せない嬉しさと凛に対する感謝の気持ちで一杯になる。


「うまっ、これも美味い、最高!」

「あんまり美味い美味い連呼しないでください」

「え、どうして?」

「……恥ずかしいじゃないですか」


 視線を逸らし、握り拳で口元を覆う。

 凛が恥ずかしがってる時にする仕草。


 きゃわいい。

 内心で呟いたタイミングで、気づく。


「というかこれ、全部俺の大好物じゃね? 炊き込みご飯とかさ、凛のお母さんによく作ってもらってたやつだし」


 俺の言葉に凛は僅かに逡巡したのち、こう言い置いた。


「そりゃあ、幼馴染ですから、透くんがなにを食べれば、だらしなくほっぺを落とすかなんて、把握済みです」


 あっ、無理、限界。

 手が反射的に、凛の頭上に伸びる。


「へぁっ……」


 空気が一気に抜けたような声。


「ありがとな、凛」


 そのまま、凛の頭に手のひらを滑らせる。


 柔らかくてさらさらとした手触り。

 手のひらと髪とが擦れ合う音。

 桃色感のある甘い匂い。


 そのまま飼い猫のシロップを撫でる様にわしゃわしゃする。


「やーっ……なにするん、ですかぁ」


 予想以上に色っぽさのある声が息を詰まらせる作用をもたらし、手を離す。

 

「すまんすまん、感謝の気持ちが抑えきれなくて」

「感謝という建前で人の頭を撫でるような不埒野郎ですね、貴方は」


 頭に両手を置き、上目遣い気味にジト目を向けてくる凛。

 むぅーと頬を膨らませるその仕草は、ひまわりの種をお預けされたハムスターを彷彿とさせる。


「そう言う割には、まんざらでもなさそうな」

「調子乗らないでくださいっ……怒りますよ?」

「はいすいません」


 にぎにぎされた拳が『こいつをぶん殴ってやろうか』に変化しそうな気がしたので、その後は大人しく弁当に舌鼓は打った。


 実を言うと俺は、久々に凛との距離感が近い事に嬉しみを感じていた。


 そもそもこうやって、凛と二人きりで昼食を共にするのは随分と久しぶりである。

 小学の頃はよく俺が凛の家に遊びに行って、凛のお母さんが作ってくれた料理を囲っていたものだ。


 中学に入るとその頻度は減って、高校に上がると皆無になった。


 別に仲が悪くなったというわけではない。

 むしろ精神的な繋がりはより強固なものものになっている。


 ただ俺が凛を意識するあまり、昔のような気軽さで突撃今夜の晩ご飯が出来なくなったのだ。


 だから今、凛とこうして昼ご飯を食べれてとても嬉しい。

 凛のお手製弁当という豪華大特典付きとあらば、なおさらだ。


「なんですかじろじろと気持ち悪い」

「いや、なんかこうやって凛と飯食うの、久々だけど、やっぱいいなーって」


 俺の言葉に、凛はただ一言、


「……そう、ですか」

 

 小さく呟いてから、また口元を拳で隠した。


 拳に覆われる直前、凛の口角が少し持ち上がっていた、ような気がした。











「ちょっ、凛?」


 お弁当を食べ終えた後、不意に凛が俺の顔を覗き込んできた。


 俺は、狼狽する。


 透明度の高い肌に、すっと通った形の良い鼻筋がすぐ目の前に。

 綺麗な線を描く眉毛の下の、底深く澄んだ黒い瞳にまじまじと射抜かれる。


 ふわりと、優しくて甘い香りが漂ってきた。

 覚えのある、匂いだ。


「えっとお……?」


 凛の方から接近される事には、あまり慣れていない。


 気まずくなって視線を逸らす。

 すると、見事なふたつの理想胸(おとこのこがすきなやつ)に焦点が合ってしまい、余計気まずくなった。


 どこ見てるんですか気持ち悪い。

 次の言葉はこう予想した。


 しかし、


「やっぱり」


 違う言葉が、繋がれた。


「透くん、なんか今日、元気ありませんね?」

「へっ?」

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