第29話 妹と、新作について


「よし……更新」


 水曜日の朝、自宅のリビング。

 いつものように小説の更新を終えた俺は、カサカサになった口内をブラックコーヒーで湿らせた。


「更新お疲れー、おにい」


 花恋がもちゃもちゃとホットサンドを頬張りながら労いの言葉をかけてきてくれる。


 いつもならここで、花恋との軽快な掛け合いが始まるところであったが、


「ふう……」

「どったのおにい? 朝っぱらから元気ないじゃん」

「そうか? 俺はいつも通りだと思うぞ」

「いつものきもきも発言にキレがない」

「ねえ、やっぱり俺が元気かどうかの基準って発言がきもいかどうかなの?」


 とはいえ、花恋の指摘は正しかった。

 今週の頭から、俺は慢性的なお疲れモードである。

 

「更新頻度を上げたから、ちょっと最近夜更かし気味なんだ」


 今までは朝の一回更新。

 それを今週から、朝夜の二回更新にした。


 夜更新をするために、最近は布団に潜り込む時間が遅くなっているのだ。


「なるほどねー」


 ショートケーキのいちごがなくなったような声。


「あんまり無理しないでね、おにい」

「本当に花恋?」

「またレンタル妹とか言ったら、おにいの部屋のドアノブ取るから」

「地味に困るからやめて!?」


 ぴこんっ。


 そのタイミングで、ノーパソが通知音を奏でる。


「おっ、今日も今日とて」

「ニラさん?」

「本当にありがたい」


 ちなみに夜更新時にも、ニラさんはすぐ感想を送ってきてくれる。


 本当に、いつ寝ているんだろうか。


“今回も面白かったです。涼介くん、男を見せましたね。舞香さんに指輪をプレゼントするなんてもう胸キュンしかないです。(指輪が竹製なのが気になりますが)そろそろ完結でしょうか? 最後まで楽しませてもらいますね。作者様に感謝。追記:更新頻度多いのはありがたいのですが、くれぐれもご無理はなさらないでくださいね”


「ああ……ニラさん。今日もありがとう……」


 更新頻度を上げたことにより、確かに負荷は高くなった。

 それでもこうして続けられているのは凛との約束の事ももちろんだけど、ニラさんをはじめとする読者の皆様に励ましの言葉をかけていただいているからだ。


 こちらこそ、感謝感謝である。


「そういえばおにい、もうすぐ完結するの?」


 ニラさんへの返信を終えると同時に、花恋が尋ねてきた。


 その言葉にギョッとする。

 

「かかか花恋!? まさか、お兄ちゃんの作品を最新話まで追いかけて……」

「あ、私は1話目で躓(つまず)いちゃった」


 俺まで躓きそうになった。


「あ、石川君?」

「そーそー。そろそろ終わりそうな雰囲気が出てるって言ってた」

「その歳で完結の空気を察するとか、なかなかに素質があるね」


 真面目に会ってみたくなってきた。

 執筆が落ち着いたら、本格的にパーティの日取りを決めよう。


「新作はもう考えてるの?」

「もちろん!」


 ぐっと親指の腹を花恋に見せる。


「次書くのはゴリッゴリの異世界モノ……パーティから追放された主人公が、超万能スキルに目覚めて下克上する筋書きで行く!」

「ありゃ、またファンタジーに戻るの?」

「じゃないと、『食おうぜ』じゃ伸びないからなー」 

「ふうん……」

「どした?」

「んー、なんか、恋愛モノ書いてる時のおにいの方が楽しそうだったから、ちょっと、複雑な気持ち? かな」

「あー……」


 花恋の言わんとしている事はわかった。

 確かに書いている時の楽しさで言うと、今連載している現代例愛ジャンルの方が大きかった。


「でも、ちょっともう、なりふり構ってられなくなったからな……」


 凛との約束。 

 プロの小説家……書籍化を目指すのであればやはり、ファンタジーじゃないとダメだ。


 今作を書いて痛感した。


 書籍化するには、『食おうぜ』でどれだけ人気を獲得できるかが何よりも重要な要素になる。

 

 そうすると、やはり書くジャンルはファンタジーでなければならない。

 ランキングを見れば一目瞭然だが、『食おうぜ』ではファンタジーモノ、その中でもチート・無双・ハーレムといった色の作品が最も強い。


 書籍化を目指すのであれば、その色の作品を書くべきなのだ。

 

 読者の需要が大きい作品を書けば閲覧数が増える、ブクマもされる、ポイントも伸びる。

 ポイントが伸びるとランキングに上がり、出版社の目にも止まりやすくなる。


 シンプルな話だ。


 という考えのもと前作まではひたすらファンタジーを書き続けていた。

 しかし、書き方が悪いのか単に技量不足なのか。

 いいところまでは行くものの、書籍化で必要と言われているラインを突破することはできなかった。

 

 出版社からの声も当然、かかることはなかった。


 それでちょっと虚無って、今回は半ば衝動的に現代恋愛を書いた。


 衝動的とは言うもののジャンル内での需要を分析し、それに沿った内容に仕上げて投稿した。

 現代恋愛も一応、数はファンタジーと比べて少ないものの書籍化している作品がポツポツあったからもしかして……と淡い期待を抱いたが、結果は御察しの通りである。


 閲覧数、ブックマーク数、ポイント、どれもファンタジーで獲得したそれに掠りもしなかった。


 それで、気づいた。

 

 需要の数にはやはり、勝てないのだと。


 そこまで考えたところで息を吐く。


 拳を握り締め、花恋に言う。


「石川君に伝えておいてくれ。新作はもしかすると、君の需要は満たして上げられないかもしれないと」


 俺の言葉に、花恋は5秒くらい押し黙ってから、


「……うん、わかった」


 頷くも、花恋はどこか不服そうだった。


 その表情と連動しているかのように、俺の胸の中にも薄暗い、雨降る前の雲のような気配がした。

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