第47話 私が、支えます
透くんには将来、作家さんになるという夢があります。
佐藤めーぷる先生のような小説家になるんだと意気込む透くんを見て、私は「すごいなぁ……」って思っていました。
私にこれといった取り柄がありません。
透君はそんなことはない、って言ってくれましたが、本当にないんです
正確には、あると思えなかった、だと思いますが。
だからその分、透君がとても眩しく見えました。
透くんの夢を応援したい、心からそう思いました。
私に何かできることはないのでしょうか。
考えて、閃きました。
「これ……」
閃き、というほど大層なものではないですが。
私は透君に『心願成就』のお守りをプレゼントしました。
持っていると、夢が叶うと言われているお守りです。
透君からこの前頂いたお守りのお返しでもありました。
「ありがとう、すっごく嬉しい!」
透君はとても喜んでくれました。
ほっと、しました。
無邪気に喜ぶ透君を見て、心がほっこりします。
……しかし同時に、焦りが生じました。
作家さんという大きな目標を掲げて毎日頑張っている透君。
本当に、すごいです。
それに比べて、私は……なにもしてません。
毎日をぼんやり、ふわふわ生きているだけです。
これではいけない、と思いました。
「……私も、頑張らないと」
私にも、何か取り柄が欲しい。
これが得意ですって胸を張って言えるようになりたい。
そう、思うようになりました。
強い決意は行動に変化をもたらします。
次の日から私は、漫画じゃなくて教科書を開くようになりました。
透君と同じように毎日コツコツと、数字や文字と睨めっこしました。
◇◇◇
私は、透くんに恋をしている。
自覚するのに、時はさほど必要ありませんでした。
3年生、4年生と学年が上がっていくにつれ、『その気持ち』を自覚しました。
でも、想いを口にすることはできませんでした。
恥ずかしさもありました。
透くんは私の事をどう思ってるんだろうという、不安もありました。
それよりもなによりも、今の自分では透くんと釣り合わない、そんな思い込みがありました。
成績は前と比べてぐんと良くなって、先生やお母さんからも褒められる程にはなりました。
透君の、おかげです。
でも、それだけでは足りません。
長い年月をかけて刷り込まれた自己肯定の低さが、私の心に呪縛のように絡まって、そう思い込ませていました。
もっともっと、たくさん頑張らなきゃいけない。
勉強だけじゃなくて、運動も音楽も美術もうんと出来るようになって、透君の隣に立っても恥ずかしくない人になろう。
そう、決意しました。
◇◇◇
「小説、ネットに投稿しようと思うんだ!」
中学1年生の秋。
休日の昼下がり、透君が唐突に宣言しました。
『小説で食おうぜ!』というサイトがあって、そこに小説を投稿するとのことでした。
「投稿したら、教えてくださいね」
透くんの書いた小説を、私が読む。
という関係は、出会って5年が経った今でも続いています。
ネットに投稿されてからも、読めるとばかり思っていました。
しかし、
「これからしばらくの間、俺の小説は読まないで欲しいんだ」
……えっ。
呆然とする私に、透君は気まずそうに説明します。
本気でプロを目指すなら、私に甘えてちゃいけない。
甘えを断ち切って、一人で、孤独で戦わなくちゃいけない。
だから、俺が小説家になるまで待っててほしい。
近い将来、俺が『食おうぜ』で人気になって、本を出すことになったら、その時は、一番初めに読んでほしい。
そういった事を、説明されました。
「わかり……ました……」
透くんの決めたことでしたら、仕方がありません。
透君の小説を読めなくなるのは寂しいですが……ここは我慢、我慢です。
それに、嬉しい気持ちもありました。
透君が本気で、夢に向かって行動に移す事を。
もし自分の本が世に出たら、一番初めに読んでほしいと言われた事を。
楽しみだなあ、って思いました。
「じゃあ、透くんが作家さんになるの、楽しみにしてますね」
読んでいなくても、心の底から応援しています。
そんな思いを込めて、言いました。
◇◇◇
「小説は、順調ですか?」
透君がネットで活動を初めて少し経って、私は尋ねました。
「まあ……うん、ぼちぼちっ……かな?」
ぱちぱちと、透君の瞬きが忙しなくなります。
あっ……これは。
ぼちぼちどころか、芳しくない、そんな直感が働きました。
でもそこを深く聞かれたくは無さそうでした。
私は一言だけ、応援の言葉を贈ります。
「頑張ってくださいね」
でも……心配です。
心配が抑えきれなくなった私はその夜、悩みに悩んだ末……『小説で食おうぜ!』にアクセスしました。
特にこれといって、何かしようと思ったわけではありません。
ただ、透君の作品になにがあったのか知りたい、そして出来ればそのなにかを、私がどうにかできれば……。
そんな気持ちが、身体を突き動かしていました。
サイトの投稿作品数は50万。
普通に考えれば、そんな膨大な数の中から一作品を見つけ出すのは困難を極めます、というか、不可能に近いでしょう。
でも私は……透君の小説を5年間読み続けてきました。
透君の文章の癖、しそうな展開、好きそうな物語のテイスト。
世界中の誰よりも、把握しています。
だからでしょうか。
不思議と、必ず見つけられるという自信がありました。
しばらくサイトをぽちぽちして、仕様を一通りマスターします。
「よし……」
まずは検索機能を使って、透君の好きなジャンルを絞り込みます。
それから、最新更新日順で検索をかけます。
執筆スピードが異様に速い透君のことですから、毎日更新をしているはず、という予想からです。
昨日今日更新された同ジャンルの作品数は……236。
画面いっぱいに表示されたタイトルとあらすじを、上から順に読んでいきます。
その中で、透君が投稿を開始した同じ日に開始されていてかつ、今日まで欠かさず更新され続けている作品数は……28。
毎日投稿に絞ると一気に数が削れたので少し不安になりましたが、私は諦めません。
もしこの中になくても、更新頻度を落として捜索すればいいのですから。
ひとまずその28作品の中から、あらすじの文体が透君のそれと似ているものをピックアップし、黙々と視線を走らせます。
日付が変わったあたりで、それっぽい作品が見つかりました。
というより、この作品だ! と確信が持てるレベルでした。
その作品を投稿しているユーザーの名は、『神野 綴(つづり)』
ぴんと来ました。
最近社会の授業で学んだ、アダムスミスの『国富論』の中に出てきた、『神の見えざる手』
市場経済の自動調節機構を意味する単語です。
確か最近、そのフレーズをいたく気に入った透君が仕切りに口にしていたような……。
この頃の透君は、やけに小難しい漢字や長いカタカナ文字を口にします。
これはひとえに透君が、中学二年生非日常的思考うんたらかんたら性症候群、いわゆる中二病というものを発症しているからです。
アンサイクロンペディア?
というサイトに書いてありました。
この年頃の男の子に発症する、ごく普通の病らしいです。
特に意味はないけどなんとなくカッコいいフレーズを言いたくなる。
という症状から派生して、『神の見えざる手』と小説を書く自分『綴り手』を組み合わせて、『神野 綴』……。
……透君、いかにも考えそうです。
確信を深めるために、作品を1話目から読んでみます。
話数を重ねるごとに、ああ、やっぱりこれは、透君の作品ですと、確信を得ました。
この文体といい、言い回しといい、展開といい。
間違いなく、透君の作品でした。
たった1週間読んでなかっただけなのに、懐かしい気持ちが溢れ出ます。
私の大好きな作品が、目の前に広がっていました。
最終話まで読み終えてから息をつき、感想欄を開いてみます。
……まだ誰も、感想を書いていませんでした。
これだ、と思いました。
創作がどれだけ大変な作業なのか、透君を間近で見てきた私はなんとなくわかります。
苦労して書いた作品になにも反応がない。
それが多分、透君が苦い顔をしていた原因……。
真っ白な感想欄から、透君の辛さが伝わってくるようでした。
気がつくと、指が動いていました。
簡素ながらも、率直な感想を入力します。
でも全部言葉にすると、節々から私の気配を感じ取ってしまうかもだから、なるべく簡素にして……。
あと語調がまんまだとバレるかもしれないから、普段は使わないような言葉も入れて……。
”初感想失礼します。とても面白かったです。これからも頑張ってください。作者様に感謝”
感想を入力しようとすると、『ユーザー名を入れてください』とのポップアップ。
「……ユーザー名」
早く感想を送りたいと思った私は、とても安直に『ニラ』と入力しました。
なにがどう安直なのかは、想像にお任せします。
送った後、すぐに透君……いえ、綴先生から、返信が来ました。
“感想ありがとうございます!!!!!!! 初感想!!!!! めっちゃくちゃ嬉しいです!!!! 本当にありがとうございます……ありがとうございます!! これからもよろしくお願いします!”
喜びの感情が爆発して画面から飛び出して来そうな返信に、くすりと笑いが溢れます。
良かったと、私は心の底から安堵をするのでした。
こうして、ネット小説家『神野 綴』と、読者『ニラ』との、デジタル空間での関係が始まりました。
◇◇◇
「俺、調子乗ってた。小説家になるには、技術も語彙力も経験も、全然足りなかった」
私がこっそり感想を送った翌日。
透君が、私に話します。
自分は凡人だった。
井の中の蛙だった。
技術も経験もない、だから、小説家になるまで時間がかかると思う。
弱いところ全てを曝け出してくれた後、透君は強い決意を込めた声で言います。
「でも、絶対に、俺は小説家になる……何年かかるかわからないけど、絶対に、なってみせる」
……ああ、本当に。
本当に、透君のそういうところ、尊敬します。
自分の弱さと向き合い、受け入れた上で、それでも成長しようと前に進もうとする力。
それは簡単なように見えてとても難しい事を、私は知っています。
その力があれば、きっと……いえ、必ず、
「大丈夫です」
確信を持って、透君に告げます。
「透くんは絶対に、作家さんになれます、私が保証します」
ずっとそばで見続けてきた、読み続けてきたから、わかるのです。
透君は必ず、作家さんになれると。
長い時間がかかるかもしれませんが、必ず。
「私はいつまでも、応援してます」
私が自分の弱さと向き合い、受け入れ、成長できたのは、透のおかげです。
空っぽだった私を透君が勇気付けてくれたから、そんなことはないよって言ってくれたから、今の私がここにいます。
今度は私の番です。
ずっとそばにいたからこそ、私は知っています。
透君は意外に脆いところがあります。
一つのことに集中したら周りが見えなくなる怖いところもあります。
でも、大丈夫です。
私がそばに、いますから。
もしも、透君が折れてしまいそうになったら、周りが見えなくなって無理をしそうになったら。
その時は、私が支えます。
透君が夢を叶えるその日まで、たくさん、たくさん、支えます。
夢を叶えた後も、支え合っていければいいなぁ、なんて。
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