第46話 ぽかぽか、どきどき


 図書室での邂逅以来、私は放課後、透くんと時間を過ごすようになりました。

 透くんがお話を書いて、私がそれを読む、そんな毎日が続きました。


 とても楽しい日々でした。


 そして少しずつ、透くんの人となりがわかってきました。


 透くんは、太陽みたいな人です。

 自分に自信がなくて、下を向きがちな私とは大違いです。


 ある日私は、クラスのみんなと同じように砕けた喋り方の方がいいんじゃないかと、悩んでいる事を明かしました。


 すると透くんは、


「そんな事ないと思うよ、その話し方、かっこいいし!」


 明るく、私の言葉を否定しました。

 優しい、否定でした。


 その言葉がとても嬉しくて、


「ありがとう……ございます」


 声が、震えてしまいました。



 またある日の私は、勉強も運動もダメダメで、何も取り柄がない事を透くんに明かします。


 すると透くんは、


「そんな事ないと思うよ! 凛ちゃんは可愛いし、話し方かっこいいし、真面目だし、全然ダメダメじゃないと思う!」


 また明るく、私の言葉を否定します。

 透くんは自覚ないかもですが、その言葉に私がどれだけ救われたことか。


 嬉しくて、嬉しくて、私はまた、


「ありがとう……ございます」


 声を、震わせるのでした。

 


 そしてまたある日。


 私が、クラスで友達がいない事。

 放課後の、透くんと過ごすこの時間が、とても楽しい事を明かすと、


「じゃ、じゃあ、俺と友達になろうよ」


 珍しく、透くんは余裕無さげでした。


「俺も、クラスに友達いないから……凛ちゃんが友達になってくれたら、すごく嬉しい」


 ほっぺをほんのりと赤くして、透くんはちらちらと、こちらを伺うように見てきます。

 

 なぜか、胸のあたりがきゅんってなりました。


 口元が緩まないように頑張って、私は答えます。


「はい、ぜひ」


 この日、私は透くんと『お友達』になりました。



 ◇◇◇



 話は変わりますが、私はクラスの皆によくからかわれていました。

 後から思い起こすと、あれは『いじめ』というものでした。


 その日も、放課後の多目的室でいじめられていました。


 目つきの事、喋り方の事、勉強もスポーツもダメダメなところ。

 私が背けたい自分の嫌なところをちくちくと、クラスメイト達は口にします。


 その度に胸のあたりが重たくなりました。

 だんだん悲しくなってきて、私は泣いてしまいます。


 その様子を見て満足したのか、クラスメイト達は私を残して帰って行きました。


 残された私は、一人でしくしく泣いていました。

 心と一緒に身体も凍ってしまったかのように、動きません。


 今日は図書室に、行けそうにありませんでした。

 

 心の中で、透くんに何度も謝りました。


 そしたら、


「どうしたの」


 お姫様を白馬の王子様が迎えにくる、というお話を、最近漫画で読みました。

 たぶん、お姫様はこんな気持ちなんだと思います。


 透くんが、私を見つけてくれたのです。


 とっても嬉しかった。

 でも、まだじくじくと悲しい気持ちも残っていて。


 ごっちゃになった感情が全然整理がでず、涙が止まりません。


 すると透くんは、私の頭を優しく撫でてくれました。

 深く問い詰めようとせず、ただそっと、私が落ち着くまで頭を撫で続けてくれました。


 おかげで少しずつ、落ち着いてきました。

 図書室に行けなかった事、心配かけた事、いろいろ含めてごめんなさいすると、


「どうして謝るの?」


 なにも気にしてないよと、透くんは言うのです。

 温かい優しさに胸が詰まりそうになって、私はただ頭を横に振ることしかできませんでした。


 その後、透くんは私をハンバーガー屋さんに連れて行ってくれました。


「悲しい時は、美味しいものを食べるのが一番!」


 とのことです。

 透くんの言う通りでした。


 人生で初めて食べた照り焼きバーガーは、今まで食べてきたどんなご馳走よりも美味しく感じました。

 一口頬張るごとに、透くんの優しさが胸にぽたぽたと落ちていくようで……またほんの少しだけ、目が潤んでしまいます。


 その日以来、私は透くんと、放課後の図書館以外でも遊ぶようになりました。



 ◇◇◇



 照り焼きバーガーの一件以来、ちょっと変です。

 ちょっとじゃないですね、かなり変です。


 何が変かって、いろいろです。


 透くんと一緒にいると胸がどきどきしたり、顔が熱くなったりするのです。

 あの雨の日、透くんが猫ちゃんを拾った時に抱いた、あの感覚と同じみたいに。


 その時の私は、この感情を言葉にすることができなくて、なんだろうと、首を傾げる日々が続きました。

 

 そんなある日。


「今日、いいもの持ってきた!」


 そう言って透くんが、私にプレゼントをくれました。

 難しい漢字が書かれた、パステルピンクのお守り。

 先日泣いている私を見て、もう泣かないようにと買ってくれたのです。


 どくんっと、胸が今までにない高鳴りを見せました。


「この色、可愛いでしょ? 絶対凛ちゃんに似合うと思うんだー」


 可愛い、似合ってる……。

 その言葉でいっそう、心臓がばくばくとうるさくなります。


 なんでしょう、これ。

 嬉しい、にしては、どきどきが振り切れているような気がします。


 縁側で日に当たっている時みたいにぽかぽかしてるけど、思わず息切れしてしまいそうにもなる、不思議な気持ち。


 その時の私にはやっぱり、この気持ちの正体がわかりませんでした。

 でもじきに、わかるようになります、だから、心配ありません。


 この時はただ、本当にもう、嬉しくて嬉しくて。

 

「……ありがとう、ございます」


 ぎゅっとお守りを胸に抱いて、ただただ感謝を口にしました。

 

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