第48話 透くんとの『これから』を

 私は、透くんが好きです。


 優しいところが好きです。


 努力家なところが好きです。


 小説に一生懸命なところが好きです。


 一度立てた目標に向かって、コツコツと頑張る姿が好きです。


 人を勇気付ける言葉をなんでもない風に言うところが好きです。


 くしゃりと可愛らしい笑顔が好きです。


 美味しいものを美味しいって、ちゃんとはっきり言ってくれるところが好きです。


 意地っ張りだけど本当は寂しがり屋で、それを私に悟られまいとやっぱり意地を張るところも好きです。


 でもちゃんと、私だけに弱いところも見せてくれる、そんなところも大好きです。


 透くんの好きなところを挙げているとキリがありません。

 

 好き好きの気持ちが溢れ返ってもう、どうしようもなくなります。


 そんな気持ちを抱きつつも、私と透くんの関係は、仲の良い幼馴染から変化することはありませんでした。


 少なからず、透くんも私の事を好意的に見てくれている、その確信はありました。


 でも、私から一歩踏み出すことはしなかったですし、透君からも踏み出すことはありませんでした。


 多分、居心地が良かったのでしょう。


 人はもともとの性質として環境の変化を望まない生き物だと、理科の授業で習いました。

 

 わざわざ変化を望まなくても、透君はずっと私のそばにいてくれて、穏やかな日々が清流のように続いています。


 私と透くんだけの心地の良い距離感に、すっかり身を委ねる自分がいました。


 物理的な距離は近くて家族みたいなのに、心の距離は一歩遠い。


 そんな関係が、随分と長い間続きました。

 


 ◇◇◇



 関係に転機が訪れたのは、高校も2年目が終わろうとしていた、2月の下旬。


「それでねー! 治くんったら、この前私の肩に寄りかかって眠ちゃって、その寝顔が子供みたいに可愛くてね!」

「へえー、そうなんだねえー、相変わらず甘いねえー」


 昼休み。

 私は友達の日和ちゃん、結海ちゃんと一緒に過ごしていました。


 日和ちゃんは最近できた彼氏さんのお話に夢中です。

 幸せそうだなあ、とほっこりした気持ちで耳を傾けていると、


 ぴろんっ。


『幼馴染ざまぁが流行っててつらたん』


 通知が鳴ってスマートフォンを起動すると、ディスプレイに神野先生こと透くんの呟きが表示されました。


 とりあえず、いつもの『ええやん』を送っておきます。


 呟きの意味は、すぐにわかりました。


 最近、現代恋愛ジャンルのランキングにちらほら上がるようになった、『幼馴染ざまぁ』モノ小説。

 それについての思いの吐露に違いありません。


 透くんの性格上、『幼馴染ざまぁ』モノは辛いものがあったのでしょう、わかります。

 私もチラ読みくらいはしましたが、肌に合いませんでした。


 私と透くんがいわゆる幼馴染の関係というのもあり、そのつもりはないのですが重ね合わせてしまって……ちょっと、いや、かなりダメージを受けてしまったのは別のお話です。


 透くんが小説を更新するたびに読んで感想を贈る『ニラ』として活動を始めてから、はや4年。

 私は自分自身に、感想欄以外では透くんと交流しないというルールを課していました。


 しかし、今回の呟きには私も、思うところがあったのでしょう。


 気がつくと、指が動いていました。


『私も、そう思います』


 それが人生を変える返信だったとは、この時の私は夢にも思いませんでした。


 送って1分もしないうちに、通知音が鳴ります。


『ニラさん!! 共感いただけて嬉しいです!! 俺、リアルに幼馴染がいて、その子の事が小学校の頃からずっと好きで……彼女がざまぁされるのを想像すると、本当に胸が痛いんです! 俺は幼馴染はざまぁじゃなく、あまーしたい! つまり何が言いたいかと言うと幼馴染を超絶幸せにしたいと思っていて文字数』


 その文章が目に飛び込んで来た瞬間、私は、全身が一気に沸騰する感覚を覚えました。


「あ……ぇ……?」


 とりあえず惰性的な動作で、定型文を返します。


『そうですか』


 ゴツンッ!!


 衝動的に、頭を机に打ち付けてしまいました。

 処理を超えた情報量に、脳みそさんが強制シャットダウンを選んでしまったようです。


「り、凛ちゃん!?」

「凛ちゃん、どーしたのー?」


 二人が驚いた声が上がります。


「なんでも、ない」

「なんでもない、顔じゃ無さそうだけどー……」


 結海ちゃんが心配そうにしています。


 自覚はありました。

 自分の耳が、唇が、身体が、ぷるぷると震えています。

 

 おそらく顔も、真っ赤に染まっていることでしょう。


 混乱していました。


 透くんの言う、『幼馴染』は紛れもなく私。

 あの文章をそのまま受け取るならば、透くんは私のことを小学校の時から好きで、私のことを超絶幸せにしたうああおうあう。


「凛ちゃん大丈夫!?」


 卒倒しそうになった私を、日和ちゃんが支えてくれます。


 そんな中、私はまるで、自分じゃない意思に操られているみたいに、口を開きました。


「……日和ちゃん」

「ど、どうしたどうしたっ? 救急車呼ぶ!?」

「落ち着いてください。えっと……一つ、質問があるのですが」

「質問?」


 首を傾げる日和ちゃんに、尋ねます。


「付き合うって、やっぱり、その……良いものなんでしょうか?」


 私の質問に、日和ちゃんは一瞬きょとんとしました。

 しかしすぐに合点のいったように手をぽんと打ち、にまにまと、幸せそうな笑顔を浮かべます。


「んー、そうだねえ」


 顎に人差し指を当てて、日和ちゃんはまるで、大切な思い出をなぞるように言います。


「私と治くんは、付き合うまでが、付き合ってんじゃん! みたいな感じだったから、付き合って何かがガラリと変わった、ってわけじゃないけど」


 日和ちゃんにしては珍しく、「んー」と真面目な表情で考え込みます。

 そして「あ!」と声を弾ませ、私を正面に見据えてから、言葉を紡ぎました。


「付き合ったらやっぱり、お互いの『これから』がたくさん想像できて幸せかな!」

「これ、から?」

「そう! この人と私の『これから』は、どうなるんだろうって。恋人同士とか、確かな関係性じゃないと、なかなか想像する機会がないと思うの」


 ゆらゆらと、日和ちゃんが身体を左右に揺らします。

 日和ちゃんが嬉しい時にする癖です。 


「この人との1年後は? 3年後は? 5年後には結婚? 10年後には子供とかいたりして! むふふふふ、みたいな!」


 両頬を手で抑え溌剌と言葉を踊らせる日和ちゃんは、心の底から幸せでした。

 

 想像します。

 

 もし、透くんと恋人になって、関係を今より確かなものにしたとして。

 透くんとふたりで『これから』を考えていけたら……。

 

 それは、なんというか……とてもとても、素晴らしいものだと思いました。


 思わず、にやけてしまいます。

 なんでしょうこれ、すごく……良い。


 胸に、陽だまりのような温もりと、熱い決意が灯ります。


「日和ちゃん」

「んっ、なんだい凛ちゃん?」

 

 まず掴むべきは胃袋でしょうかと、私は日和ちゃんに向けて手を合わせました。


「私に……料理の極意を教えてくれませんか?」

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