第33話 幼馴染と部屋で……


「今まで見てきた中で一番個性的な部屋ですね」

「そこはもうストレートに汚い部屋って言ってくれ」


 凛の手厳しい言葉にツッコミを入れつつ、ガサガサと部屋をお片づけする。

 まさか唐突に訪問してくるとは思っていなかったから、俺の部屋は健全な男子高校生らしくそれなりの有様だった。


 とはいえ足の踏み場もないレベルではないので、片付けはすぐに終わりそうだ。


「でも、そんなに変わっていませんね」


 ベッドに腰掛けた凛が、部屋をしげしげと見回しながら言う。

 まるで、子供の頃に遊んでたおもちゃを眺めているかのように。


「まあそりゃなー。今も昔も、やってることは変わらないし」


 運動部にも入っているわけでも、なにか特別な機材がいる趣味をしているわけでもない。

 それ故、俺の部屋はいたってシンプルなものだった。


 特徴があるとすれば一箇所くらいか。


「あ、でも、本棚が1つ増えましたね」


 凛が、身長ほどある3つの本棚を指差して言う。

 

 ひとつの本棚には文章やシナリオの参考書や、言葉の類語辞典。

 残りふたつには、ライトノベルを中心とした小説がぎっしりと詰まっている。


 白赤青緑、いろんなレーベルのラノベがごっちゃになってまるで虹みたいだ。

 

「知識だけは無駄に溜め込んだからなー」


 凡人が、10年という歳月を小説家になるために費やした証である。

 我ながら、よく続いているもんだ。

 

 ちらりと、凛のほうを見やる。


「凄いです、本当に」


 謙遜の欠片もない言葉。

 胸の奥でちくりと、痛みが走った。


「……凄くないよ、全然」


 小さな声量で呟く。

 凛がそれを聞いたかどうかは、どっちでもよかった。


「お守り」


 凛の、ハッとした声。


「透君も、まだ持ってて下さったんですね」


 小学3年生の時。

 凛が俺にくれた、『心願成就』のお守り。

 

 そういえば先日、引き出しから引っ張り出したんだっけ。

 奇しくもお守りは、凛のそれと同じくデスクライトのところにかけてあった。


 まるで示し合わせたかのような空気に、胸の裏側あたりがむず痒くなる。


「まあ、約束したからな」


 動揺を悟られないよう、努めて平静に返す。

 すると凛は、暖簾に腕を押したような声で、


「そう、ですか」


 ぽつりと、溢した。

 心なしか憂いの感情が含まれているようだった。


 ……どうしたのだろう。


 今日の凛は、元気が無い。


 いや思い返すと今日だけでなく、ここ数日の凛はどこか意気消沈しているように思えた。


 俺の発言のキモさにキレがないのと同じように、凛の毒舌にもキレがない。


 胸が妙にそわそわする。


 残りはささっと片付けてから、凛の隣に腰掛けた。

 二人分の重量を受けて、ベットがぎしりとバネを震わせる。


 自室に女の子と二人きり、という気恥ずかしさからか、30cm物差しくらいの距離。


 しかし肩を並べたはいいものの、寝不足のためか、緊張のためか、頭に言葉が浮かばない。


「透君」


 先に沈黙を破ったのは、凛の方だった。


 ちょいちょいと袖口を摘んできた凛に「ん?」と振り向くと同時に──。


「へ……」


 衣擦れの音。

 甘い匂い。

 柔らかい感触。


 そして、ゼロになる距離。


 状況に思考が追いつくと同時に、俺の背中に回された二本の腕が優しく締まる。


 ぎゅううっと、身体をさらに密着させられる。


 凛が唐突に、なんの前触れもなく、俺を抱き締めてきたのだ。

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