第32話 幼馴染、我が家に訪問
「……ただいま」
「おかえりー、おにい……と、凛たそ!?」
米倉家のリビングに、花恋のびっくり仰天な声が響き渡る。
「ご無沙汰してます、花恋ちゃん」
ぺこりと、凛は行儀よく頭を下げた。
「わー! 久しぶりの凛たそー!」
ぱたぱたと、テーマパークで着ぐるみを見つけた幼子のように駆け寄る花恋。
「何年ぶりかなっ?」
「3年ぶりくらいですかね」
「もうそんなに! 凛たそ、ぐっと大人びた気がする!」
「花恋ちゃんこそ、大きくなりましたね」
「ふふふっ、絶賛成長期なの!」
凛と花恋のやりとりを眺めながら、懐かしい光景だなーと妙な感慨に耽る。
中学くらいまで凛もちょくちょく家に遊びに来ていて、当時小学低学年だった花恋の良き遊び相手になっていた。
中学2年のある時期を境に、凛とはちょっと疎遠気味になって家にも来なくなったからそうか。
実に、3年ぶりの訪問である。
「凛たそ、今日は遊びに?」
「そんな感じですね」
「ふぅーん、へえぇー」
花恋が、ルームシェアをしている友人が朝帰りしてきた時のような表情を俺に向けてくる。
「おにい、ついに?」
「なにがついにじゃ。そういうんじゃないって」
言わんとしていることは秒で察した。
だから秒で突っ込んだ。
「まだ、そういうのではないですね」
凛が俺の後に続く。
「そうそう、まだそういうんじゃ……」
……え?
にゃーん。
その時、どこからともなく白くて毛並みの良い猫がやってきた。
「あっ、シロップ!」
声を弾ませる花恋を、そして当然俺も素通りして、シロップは一直線に凛の元に駆け寄った。
そしてそのまま、凛の足にすりすりと顔を擦りつけ始める。
「お久しぶりです、シロップちゃん」
屈んで、シロップの頭に綺麗な手を乗せる凛。
そしてそのまま、撫で撫で。
愛おしい我が子に向けるような慈愛に満ちた表情を浮かべ、凛は懐かしそうに目を細めた。
白いもふもふと麗しの美少女が戯れるその光景はなんというか……思わずガッツポーズしたくなる良さがあった。
「なに見惚れてんの、おにい」
耳元で花恋がぼそりと言って飛び上がる。
「べべべ別に、見惚れてなんかないし!」
「わっかりやすー。でも凛たそ、ほんと美人に磨きがかかったよね」
「……それはまあ、否定しない」
彫刻細工かと思うほど整った横顔。
雪のように白い肌。
艶やかで長い黒髪。
改めて、凛は本当にレベル違いの美少女だと再確認する。
「だからかな。シロップ、凛ちゃんに一番懐いてるよね」
「よせ、俺が傷つく」
くすくすと、花恋が口に手を当てて笑う。
シロップはなぜか、たくさん構う俺には飯時以外来ないくせに、たまにきた凛には一番のデレを見せ始める。
今日は3年ぶりのご対面ということで、まるで前世はお互いに恋人だったと言わんばかりのデレっぷりだ。
凛に喉をくすぐられてゴロゴロ。
ほらもうお腹とか見せちゃってるよ。
「どんまい、召使い」
「召使いゆーな」
「じゃあ下僕?」
「アマクサ、俺を助けてくれ」
ぴろりんっ♪
『すみません、よくわかりません』
「わかってたよちくしょう!」
にゃー。
振り向く。
凛に一通り撫でくりまわされ満足した様子のシロップが、俺をじっと見上げていた。
「召使いさん、シロップちゃんはご飯をご所望のようですよ」
「ご所望じゃなくて無言の命令だよこれは」
愛情とは与えた分だけ返ってくることはないんだなあーと、寂しい感傷に浸りながらキャットフードを開封する。
気分は家族で最もカーストが低いお父さんであった。
「花恋ちゃん、最近の透君はいつもこんな感じなんですか?」
シロップがボリガリ餌を貪り始めてから、凛が呆れ顔で花恋に尋ねる。
「んー、いつもよりキモさに磨きがかかってるかな?」
「こんな感じ、ってワードだけで俺の発言のキモさに直結するのほんと凄いね」
「きっと、凛たそが久しぶりに家に来たのが嬉しくて調子乗ってるんだと思う!」
「ちょ、おまっ」
なんてことを!
上擦った声で突っ込むと、
「なるほど……じゃあ、良しとしましょう」
「え、そこは良しなの?」
基準がわからんぞ。
「でも、よかった」
花恋が純粋な笑顔を浮かべ、表情に明るい色を灯す。
「おにい、最近元気なさげだったの。だから、凛たそが来てくれて助かったよー」
「最近、元気なさげ……」
溌剌な声と共に放たれた花恋の発言に対し、凛の表情に曇りが生じる。
綺麗な下唇がきゅっと締まったかと思うと、
「花恋ちゃん、ごめんなさい」
ぺこりとお辞儀して、
「今日は私と透君、ちょっと二人で部屋に居させてもらっていいですか?」
「え、ちょ、凛?」
その話は聞いていないと凛に突っ込もうとする間も無く、
「らじゃっ」
ずびしっと、花恋は瞬時に全てを察したかのような表情で頭に手を当てた。
「じゃあおにい、私、石川くんと遊んでくるね!」
「えっ、ちょっ、石川くん、花恋ともう気軽に遊ぶような関係なの?」
「石川君、私が呼べばいつでもどこでも駆けつけてくれるよ!」
「石川君こそ召使いじゃない? って、突っ込みどころそこじゃなくて!」
「そじゃねー!」
俺が制止する間もなかった。
すたこらぴゅうーと、花恋は韋駄天の如く外出していった。
リビングには俺と凛の呼吸音、そして、シロップのガリボリ音が残される。
「では」
すんとした、いつもの表情の凛が口を開き、拒否権は与えませんよと言わんばかりの言葉を紡いだ。
「お部屋、行きましょうか」
俺は一体、なにをされるのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます