第21話 幼馴染のお家を訪問


「お邪魔しまーす」


 土曜日、お昼の12時。

 俺は数年ぶりに、浅倉家の玄関をくぐり抜けた。


「あら、いらっしゃい」


 出迎えてくれたのは凛の母、薫(かおる)さん。

 おっとりとした面持ちをしつつも、全身に纏う雰囲気には隙の無いぴしっとしたママさんだ。


 確か剣道か何かの師範をやってるとか、そんな記憶がある。


「お久しぶりです。薫さん」

「ほんと久しぶりね、5年ぶりくらいかしら? 大きくなったわねー、すっかり男前になっちゃって」


 薫さんが慈しむような目で言う。

 言葉が纏う空気は、久しぶりに顔を出した親戚たちの会合で言われるそれであった。

 

「いえいえそんな。薫さんこそ、全然変わりませんね」

「あらもー、嬉しいこと言ってくれるじゃない」


 頬に手を当てにっこーと笑う薫さん。

 凛の母親とは思えない豊かな表情である。

 

 靴を脱ぎ、上げてもらう。

 久しぶりの浅倉家は、どこかとても懐かしい匂いがした。


「今日は来てくれてありがとうねー」

「いえ! むしろこちらがありがとうですよ! なんといったって、凛の手料理が食べられる日ですから!」

「ふふっ、それはよかった。凛ったら、今日は朝早くから張り切ってたくさん仕込みを」


 ガラッ、どたどたどた!


「ちょっとお母さん何を言ってるんですか張り切ってなんかないですよ私はええ全然張り切ってなんか」


 どこからともなくすっ飛んで来た凛が早口でそんなことを言う。


「でも、楽しみにはしてたでしょう? まだかなまだかなーって、何回もベランダから外を」

「い、いいですからっ、お母さんは早く稽古の準備をしてきてください!」


 声を上擦らせた凛にぐいぐいと背中を押される薫さん。


「照れ照れに照れちゃってー。それじゃあ透くん、ごゆっくりねー」


 そう言い残し、薫さんは奥へ引っ込んでいった。

 廊下にぽつねんと、俺と凛が残される。


「なあ、凛」

「……なんですか」

「朝早くから、ありがとな」


 ベランダの件については触れないことにした。

 おかずが一品行方不明になる気がしたから。


 ぽんぽんと、軽めに凛の頭に手を乗せる。


「……お気になさらず。せっかく貴重な休日を割いてもらうのですから、最大限堪能してもらわないと私の気が済まないので、念入りに仕込みをしていただけですよ」

「そっかそっか」


 なんだか嬉しくなって、追加で撫で撫で。


「んぅ……」


 目を細め、気持ちよさそうに喉を鳴らす凛。

 

 その姿はまるで、安心しきった赤子のようだ。


 満足して、手を離す。

 すると凛は、時間旅行から帰ってきたタイムリープ系主人公みたいにハッとして、


「ほ、ほりゃっ、さっさと食べますよ!」

「ほりゃって」


 噛み噛みやん。

 可愛くってつい、くすりと笑ってしまう。


「うっさいですこっちは朝早くから準備をしていてちょっと眠たいだけです、決して撫でられて力が抜けたとかそういんじゃにゃい……です」


 また噛んだ。

 頬をさくらんぼ色にし、むぐぐーっと下唇を噛み締める凛。


 なんだろう、すごくほっこりする。

 猫とふくろうが一緒にすやすやと眠る光景を見ている時のような、そんな気持ち。


「……笑ったら主食抜きますから」

「それだけは勘弁してくれ」


 主菜抜かれるよりきつい。


 俺はきりりと真面目な面持ちを作って、凛の後を小間使いのように付いていくのであった。

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