第22話 幼馴染の手料理と、懐かしい空気
「おおおおーーーー美味しそう!!」
浅倉家、リビングの食卓。
目の前に並べられた神々しい輝きを放つ料理たちに、俺は歓喜の声を上げた。
たっぷりキャベツと豚バラの土鍋蒸し、ニラ玉炒め、切り干し大根の煮物、そして、たけのこの炊き込みご飯。
どれも出来立ての象徴たる湯気をほくほくと立てており、その蒸気に乗って漂ってくる香りは胃袋をキュッと締める魔力を持っていた。
「すごい! 全部俺の大好物!」
「それはもう、幼馴染ですから」
凛が得意げに鼻を鳴らす。
そんな凛に、ふと気になって尋ねる。
「凛はもう食べたのか?」
「はい、済ませました。味見でお腹いっぱいです」
「そんなガッツリ味見したんか」
何気なく言うと、凛はビクッと身を震わせ表情を凍らせた。
その反応を目にし、幼馴染歴10年の直感が働く。
まさか、満足のいく仕上がりになるよう何度も味見をしまくったとか……?
「は、早く食べてください、来る時間に合わせて調整した最適な温度が損なわれてしまいます」
「お、おう。一番美味しい状態にしてくれたんだな、ありがとう」
「……だ、誰もそんなこと言ってません! 都合よく解釈しすぎです頭の中ハッピーセットなんですか私じゃなかったら引かれてますよ気持ち悪い」
「こんなこと凛にしか言わんわ!」
いつものように突っ込むと、凛が「……っ」と息を呑む気配がした。
「どうした、凛?」
「なんでもありませんっ、さっさと食材に対する感謝のひとつくらい言ったらどうですか」
「んっ、そうだな」
冷めてしまうと勿体無い。
「それじゃ、いただきます!」
手を合わせ、まずは土鍋蒸しから。
キャベツを豚バラで巻いて、ネギポン酢につけ口に運ぶ。
その瞬間、思わず目を見開いた。
ポン酢の酸味を感じたかと思えば、肉汁がじゅわりと口内に溢れる。
豚バラの甘み、キャベツの歯ごたえ、ねぎの風味。
五感すべてに訴えかけてくる旨味の洪水に、思わず天を仰いでしまう。
堪らず、ほっかほかの炊き込みご飯も一緒に掻き込んだ。
その刹那、作り手に対し最大の感謝を孕んだひとつの言葉を叫ばずにはいられなかった。
「美味しい!」
「それは、よかったです」
凛が口元をほんの少しだけ緩めて言う。
傍ら、俺は凛の手料理に次々と箸を伸ばした。
ニラのほろ苦さと半熟卵のマイルドさの組み合わせが絶妙なニラ玉炒め。
具材に染み込んだ甘味と、シンプルな味付けながら素材の味が引き立った切り干し大根の煮物。
どれも美味すぎた。
「美味しい美味しい」とその言葉しか教えられてないオウムみたいに凛の手料理を堪能した。
その様子を、凛はどこか優しい表情で眺めていた。
「懐かしいな」
食べている途中、ふと懐かしい光景が頭を過って呟く。
「ですね」
俺の言葉の真意を察した凛が、遠い昔を思い起こすように目を細める。
「小学校の頃はよく、家で一緒にご飯食べてましたよね」
「そうだなー」
ちょうど、花恋が生まれたばかりの頃だった。
第二子誕生ということでめでたい反面、元々共働きだった両親は大変そうだった。
そのことを凛に告げると少しして、薫さんが俺を夕食に招待してくれた。
少しでも負担が減るならと薫さんが取り計らってくれたらしい。
俺も凛もお互いに唯一の友達ということで、ママ間での連絡はついていたようだった。
これがきっかけとなって、小学生の頃はたびたび浅倉家のご相伴に預かっていた。
花恋がすくすく成長して子育てが落ち着いて来たのと、お互いの年齢が重なるにつれて頻度は減っていったけど。
新しい食の好みが目覚めてしまうくらいには、浅倉家にはお世話になった。
「なんか、嬉しいな」
「え?」
きょとんとする凛に、心の内を言葉にする。
「あの頃と同じ光景、匂い、空気……それで目の前には同じように、凛がいる」
思い起こせば、凛の対面が俺の定位置だった。
薫さんの料理にがっつく俺を、凛は微笑ましそうに眺めていた記憶がある。
今日と、同じように。
「お互いに成長はしたけど、こうやってまた、昔と同じように食卓を囲むのって、なんか良いなー、的な……」
安心感、というのだろうか。
再開発で街並みが変わっていく中で唯一、変わらずそこに在り続ける桜の木を目にした時のような、そんな気持ち。
端的に言うと……凛と久々に食卓を囲めたことが嬉しかった。
「って、なに言ってんだろうな俺」
ただそれを照れ隠しのつもりか、変にノスタルジックに言う自分にむず痒さを覚えた。
なに厨二病拗らせてるんですか執筆のし過ぎですか目を覚ましてください気持ち悪い、的な言葉が返ってくるだろうなあ。
そう思った。
「わかりますよ」
返ってこなかった。
凛は面持ちに、柔らかい笑顔を浮かべて頷いた。
あの頃と変わらない、ぽかぽかと温かい春の青空みたいな笑顔。
俺の鼓動のリズムを乱す力を秘めた優しい笑顔。
そのあと僅かに逡巡したかと思えば俯き、聞こえるか聞こえないくらいの小さなボリュームで、
「私も、嬉しいです」
俺が回りくどくした感情を、凛はとてもシンプルに言葉にした。
表情は伺えないが、その面持ちの色は容易に想像できた。
小さな耳が、朝焼け色に染まっていたから。
不意打ちにも程がある。
頭が真っ白になって、全身の温度が急激に上昇した。
「そ、そうか」
そこで会話を切る。
自分が分かりやすく照れていることを誤魔化すように、炊き込みご飯を頬張った。
しっとりと味の沁みたお米とたけのこの旨味が味覚を刺激する……そのはずたったのに。
どうしたことか……全く味を感じられなかった。
それから食べ終わるまで、俺と凛はお互いに無言だった。
無言だけど、心地の良い空気だった。
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