第37話 凡庸さを認める俺、穏やかに見守る幼馴染

 投稿を始めて1ヶ月が経っても、作品が伸びることはなかった。

 文字数だけが、伸びていった。


 募っていく、虚無感と焦り。

 書籍化を掲げたのに一向にその目標に掠る気配もなく、俺はわかりやすく落ち込んでいた。


「才能、ないのかな……」


 薄々、俺は勘付き始めていた。


 この1ヶ月の間、少しでも状況を打破できないかとネットを駆使して『食おうぜ!』での人気の伸ばし方、面白い作品の書き方等のサイトをめぐり、知識を吸収していった。


 読みやすい文章の書き方。

 魅力的なタイトル、あらすじの作り方。

 作品をより認知してもらうためのSNSの活用法。


 今までそういった知識に触れてこなかった俺にとって、それらはどれも衝撃的だった。


 同時に、俺は何も知らなかった、井の中の蛙であったことを痛感した。


 その中でも、特に重要な気づきがあった。


 おそらく俺は……凡人だ。


 出した作品が即座に注目されてランキングを突き抜け、そのまま世に出て世間を席巻……なんて天才も、いるにはいるだろう。


 そういう人間は、確かに存在する。

 そしてその天才に自分がカテゴライズされていると、割と人は思いがちである。


 俺も、わかりやすくそう思い込んでいた。

 しかし、実際は違うんじゃないかと自覚し始めていた。


 この1ヶ月、思い知らされた。


 繰り返す。


 俺は天才じゃない、凡人だ。


 だからこれから、途方も無い時間と努力を積み重ねなければならない。


 その予感があった。


 もしそうだとすると……。


「書き続けられるのか、俺は……?」


 人間の行動原理には、モチベーションが付き纏う。

 そのモチベーションは、他者からの共感や賞賛といった承認よってもたらされる。


 多大な労力と時間を使う執筆はまさに、読者の反応こそが大きな原動力となる。


 しかし俺の作品は、投稿を始めてから今まで閲覧数は無に等しく、感想に至っては一件も無い。


 この状況は、非常に辛かった。


 佐藤めーぷる先生のような、孤高の存在でありたい。

 確かにそう思っていた。


 しかしそれは、作家としての承認がある事が前提だった。


 孤高と孤独の意味を、履き違えていた。


 頑張って書いた小説に、誰も何も反応してくれない。


 そんな孤独の中で、いつやってくるかわからない大成の時まで書き続ける。


 ……きつくね?


 目の前が真っ暗になりかけた。


 しかし、


 「……いや、でもその方がむしろ燃えるのでは?」


 誰からも評価されず、誰からも認知されない中、一人でコツコツと夢に向かって書き続ける中学生。

 いつしかその努力は実を結び、作家インタビューとかで「いやあ、辛かった時もありましたけど、あの日々が逆に俺を強くしてくれました」なんて。


「おおっ、それはそれでカッコいいかも……」


 重ね重ねになるが、申し訳ない。


 この時の俺は、絶賛拗らせていた。

 その拗らせを、ポジティブな方向に向かそうとしていた。


 しかしそれは、中身の無い空元気であること、すぐに自覚した。


「無反応は、きついよなあ……」


 凛の感想が、執筆を続ける上でどれだけ大きな助けになっていたかを、痛感する。


 そしてそれをつまらない見栄とカッコつけで自ら手放してしまった。


 やっぱり目の前が真っ暗になってきた。


 そんな時──。


 ぴろんっ♪


 スマホが、通知音を奏でた。

 ばっと、ディスプレイを食い入るように見つめる。


 『小説で食おうぜ!』の感想欄。


 ”ニラ”を名乗るユーザーから、こんなメッセージが届いていた。




 ”初感想失礼します。とても面白かったです。これからも頑張ってください。作者様に感謝”



 黒に塗りつぶされそうだった視界を、一筋の光が差し込んだ。



 ◇◇◇



「今日はご機嫌ですね」


 登校中。

 凛の弾んだ声が横からかかる。


「やっぱり、わかるもんなのか?」

「透くんが分かりやすいのです。良いことでも、あったのですか?」

 

 訊かれて、少しだけ逡巡し、ありのままを話した。

 

「実は、昨日……」


 『ニラ』を名乗るユーザーから、感想が来たこと。

 それが自作の初感想で、飛び上がるほど嬉しかったこと。

 はしゃぎすぎて小指をベッドの支柱にぶつけて痛かったこと。


 俺の説明を、凛は嫌な顔ひとつせず、なんならどこか嬉しそうに耳を傾けてくれた。


 説明を終えた後、一言。


「それは、良かったですね」

 

 その言葉にはどこか含みがあるようにも感じられた。

 しかし、ある決意を胸に秘めていた俺は、そこに意識がいかなかった。


「実はさ」


 決意──俺が『食おうぜ』でうまくいっていないことを、凛に明かす。


 どうせ隠していても、鋭い凛はすぐ気づく。

 凛を心配されるようなことは、したくなかった。


「俺、調子乗ってた。小説家になるには、技術も語彙力も経験も、全然足りなかった」


 これは、自分に対する意思表明でもあった。

 まずは驕りを捨てて、自分が凡人である事を認める。


 それが、夢を叶えるための第一歩だと思った。


「だから……どうなるかはわからないけど、結構長いこと、凛を待たせてしまうかもしれない」


 凡人であるがゆえに努力が必要。

 努力しそれが成果に繋がるまでは、時間がかかる。


 その事を凛に話す事によって、自覚を深く持とうと思った。


「でも、絶対に、俺は小説家になる……何年かかるかわからないけど、絶対に、なってみせる」


 夢を宣言する事によって、甘えの道を塞ぐ。


 そんな俺の意図を、凛は察したかどうかはわからない。


 ただ、凛の返答はシンプルだった。


「大丈夫です」


 優しい言葉。


「透くんは絶対に、作家さんになれます、私が保証します」


 俺を勇気づける言葉。


「私はいつまでも、応援してます」


 ふわりと柔らかく微笑んで、凛は、この先の俺の励みとなる言葉を空気に乗せた。



「だから、頑張ってください」



 俺の、長くて長い夢までの道のりが、始まった。

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