第38話 完結、そして新作を……

「……終わった」


 夜、自室。

 『クールで毒舌な美少女と、いつの間にかあまあま生活を送っていた件』の最終話を投稿し終えた俺は、大きな達成感と虚脱感に見舞われ大きく息を吐き出した。


 全100話、20万文字。

 投稿期間、およそ3ヶ月。


 今作も更新を1日も欠かすことなく、走り切った。


 我ながら、よくやったと思う。


 帰りがけに購入した缶コーラのタブをぷしゅりと起こし、一気に喉に流し込む。

 強い甘み、心地よい刺激、鼻腔を抜ける懐かしい香り。


 筆を休ませず完走し切った自分への、ささやかな祝勝会であった。


「こんなに美味しかったっけ」


 130円とは思えないカタルシスを堪能していると、


 ぴろりんっ♪


 ノーパソが通知音を奏でる。


 感想欄を開かずとも、レスポンスの速さで誰かわかった。


”完結おめでとうございます。最初から最後まで楽しませていただきました。涼介くんが思い出の竹小屋で舞香ちゃんにプロポーズするシーンは涙が止まりませんでした。次回作も楽しみにしておりますね。作者様に感謝”


「……今作もありがとう、ニラさん」


 一言一句、噛みしめるように口にする。


 思い返せば、ニラさんとはもう5年の付き合いになる。

 それまでニラさんは毎日欠かさず、更新のたびに感想をくれた。


 中学1年の秋、渾身の処女作(笑)に読者からの反応が全くなく絶望していた時に、ニラさんからの感想がついた。


 あの瞬間は本当に嬉しかった。

 嬉しくて飛び跳ねた拍子にベッドの足に小指をぶつけた事まで覚えている。

 

 ニラさんがいなければ、ここまで来ることは出来なかっただろう。

 ネット小説活動を通じて間違いなく、最も助けられた存在、それがニラさんだ。


「これからもよろしくお願いします、ニラさん」


 感謝の気持ちをたくさん込めて、いつもよりも長めの感想返しをする。

 

 送信ボタンを押した後、椅子に背を預け、天井を見上げた。

 

 ふと、今作を書き始めた経緯を思い返す。


 中2から読者受けを意識し始め、異世界モノを書き続けてきた。

 転生転移、無双チート、クラス転移、スローライフ、パーティ追放エトセトラエトセトラ。


 確かに売れ線を書けば閲覧数は伸びたし、感想もたくさんもらえた。

 それがモチベーションに繋がり、全て完結まで書き切ることができた。


 しかしどの作品も、書籍化には至らなかった。

 書籍化に必要なラインが10としたら、いつも5か6くらいしか到達できなかった。


 原因はひとえに、自分の修行不足だ。

 

 ラインを突破する人気作にはやはり、自分が書く物語と決定的に違う点がある。

 なんだろう、言語化は難しいのだが、ただ転生転移チーレムヒャッハーしてるだけじゃなくて……しっかりと感情を揺さぶられるというか。


 読んでて「うおー!」と熱くなり拳を握る、「うぅっ……」と胸が痛くなる、涙が溢れ出す。

 そして読み終わった後には心地の良いモヤモヤが胸に残っていて、何か考えさせる作用をもたらすという……曖昧だけど、確かに存在している力。


 ひとつひとつは誰もが扱う同じ文字のはずなのに、それらの組み合わせがとひとつのドラマとなり読み手の心を掴んで離さない、そんな、魔法のような力。


 そんな不思議な魔力を作品に吹き込める技量が、まだ俺にはない。

 どうやったら吹き込めるのかと考えて、知識を吸収して、悩んで……それでもまだ、答えは見つけられていない。


 出口の見えない迷路にはまり込んだような感覚のまま、それでも立ち止まってはいけないと異世界モノを書き続け……虚無った。


 また、今までと同じような作風で書く事に疲れを感じていた。

 土を掘り移動させてそれをまた元に戻すという意味のない作業をさせ続ける、ナチスかどっかだかの拷問を受けているような気分だった。


 ちょっとリフレッシュの意味合いも兼ねて書き始めたのが、今作の現代恋愛だ。


 そういえば小学の頃に書いてた小説は恋愛だったっけと、帰巣本能的な思考も手助けしたのだろう。

 確か、図書室に唯一あったライトノベル『ピノの旅』の丸パクリみたいな小説書いてた。


 あの時は難しいことは何も考えず本能のままに書いていた。

 今思うと文章作法もめちゃくちゃだったと思うし、物語の体を為しているかも怪しい。


 そんな作品を、凛はよく面白い面白いと読んでくれたものだ。


 でもひとつ確実に言える。

 今よりも、ずっと活き活きと書けていた

 

 そういう意味では、今作も結果的に書いてみて良かった。

 人気の伸びの観点からすると、過去の異世界モノに比べ全然だったけど、なによりも、楽しく書けた。


 創作をする上で忘れてはいけない大事な気持ちを、思い出せてくれたような気がしたのだ。


「でも」


 リフレッシュはもう、おしまいだ。

 やはりプロを目指すなら、書籍化を目指すなら、異世界モノを書かなければならない。


 異世界か、そうでないかでは、初見で手に取ってもらえる率は大きく違う。

 それはもう、この5年間の執筆活動を経て嫌というほどわかった。


 楽しく書けてかつそれで人気も出るならそれはそれで幸せだろう。


 でも、現実はそうじゃない。


 需要と供給には必ずばらつきがあって、人気が伸びる領域があれば、そうでもない領域もある。


 そして極端にも、人気が伸びる領域は限定的で狭かったりする。

 

 少なくとも『食おうぜ!』では、異世界モノほぼ一強という顕著っぷりだ。


 書きたいものと読者の需要とが一致しているのは幸運なことで、もしそうならどんなに楽しいことだろうと何度も思った。


 生憎、俺はそうではない。


 俺が書いてて楽しいのは、異世界モノではない。


 単純な話だ。

 

 それを踏まえたうえで楽しさを取るか、人気を取るかなら……俺は、人気を取る。


 デスクライトにかけられた『心願成就』のお守りを見やる。


 身体を起こしてから「うしっ」と、気合いを入れる。


 ……さて、また修羅の道へ飛び込もう。


 何年かかったって必ず、やり遂げる。


 必ず、小説家になってみせる。

 

 堅い決意を新たに、メモ帳の『新作プロット』フォルダを起動し、キーボードを叩こうとして……。


「ぅ……?」


 突如として、胃袋を裏返したかのような気持ち悪さが身を襲った。

 

 ディスプレイの文字がぐにゃりと曲がる。

 脳みそにゴリッと、研磨で削られたかのような痛みが走る。


 キーボードに触れようとした指が、石化してしまったかのように動かくなった。

 指ばかりではなく、全身が、氷漬けされたかのように硬直した。


 以前にも、同じ感覚を受けた覚えがある。

 前作を書き終えて、新作に移ろうとした瞬間に抱いたあの感じ。


 いわゆる、虚無の感覚。

 

 直感的にわかった。


 書くことを、脳が拒否していた。

 

「書かないと、いけないのに……」


 無理矢理でも、キーを叩こうとする。


 でもそれは、叶わなかった。


 思考すら与えまいと、全身の機能という機能が意志に反旗を翻しているかのようだった。


 小一時間、地獄のような感覚と格闘して、悟った。


 今日は……もう書けない。


 ガソリンがすっからかんになった車のように、身体じゅうから力が抜けた。


「……寝るか」


 きっと、疲れてるんだ。

 最近、なにかと無理してたし、完結直後ということで気も抜けているのだろう。


 大丈夫だ、明日になればきっと書ける。


 そう思って、この日は布団に潜り込んだ。

 いつもより、長いこと寝付けない夜だった。


 しかし明日になっても、俺は文字を生み出すことができなかった。


 次の日も、同じだった。


 一文字も、書けなかった。



 そしてその次の日──俺は、熱を出して寝込んだ。



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今日はここまでです。

明日、昼の12時頃に完結まで投稿いたします。


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