第19話 幼馴染のたけのこの炊き込みご飯
「よし、更新っと」
週明けの朝、自宅のリビング。
いつものように小説の更新を終えた俺は、甘ったるくなった口内をブラックコーヒーで中和した。
「更新お疲れー、おにい」
今日も今日とて、花恋がもきゅもきゅとハニートーストを頬張りながら癒しの言葉をかけてきてくれる。
「ありがとうよ、花恋。今日も粉ポカリにキャラメルどばどばの甘ったるい展開をぶち込んでやったぜ!」
「いっつも思うけど、おにいは常に作品を甘ったるくしないと気が済まないの?」
「ふっふっふ、甘々展開こそ俺の真骨頂! 甘み無き作品に我が矜持無し!」
「あ、はちみつ取っておにい」
「やっぱり興味ないんだね!?」
はちみつを渡すと、花恋は「ありがとうっ」と真夏の太陽のような笑顔を浮かべた。
ぴこんっ。
ノーパソが通知音を奏でる。
「はええっ!!」
「ニラさん?」
「もう完全スタンばってるよねこれ」
“今回も面白かったです。舞香さんと涼介くんの甘々同棲、いいですね。舞香さんが涼介くんに毎晩たけのこ料理を振舞って無言の圧力を放ってるシーンはクスッときました。作者様に感謝”
「ああ……流石はニラさん。俺が笑って欲しかったシーンをしっかりピックアップしてらっしゃる……」
「おにい、表情筋大丈夫?」
「すぐ老けるかも知んない。おっと、返信返信。えーと、ニラさん、いつも応援ありがとうございます、たけのこのシーンを気に入ってくださって嬉しいです。実は私も大好物がたけのこの炊き込みご飯でして……」
「おにいの食の好みとか誰が興味あんの」
「たけのこの美味しさがわからないおこちゃまはおだまりっ」
そういえば。
凛特製たけのこの炊き込みご飯、あれはやっぱり絶品だった。
初日に作ってきてくれたお弁当に入ってたけど、そろそろリピートをお願いしたいところだ。
返信ボタンを押すと、花恋が珍しい言葉を投げかけてきた。
「でも私、おにいがこうやって毎日欠かさず小説を更新し続けてるの、素直にすごいと思うなー」
「おかしいな。俺、レンタル妹とか注文したっけ」
「おにい、ひどーい」
「な、なんと!? 花恋が俺の小説のことを褒めるなんて……おにいちゃん、起きたら布団の中にシロップがいた時くらい嬉しいよ!」
「あー、シロップ全然おにいに懐いてないから、それは嬉しいね」
「現実を突きつけないで!?」
「クラスメイトの石川くんが褒めてたの! ただでさえエタる(完結せずに更新が死ぬ)ネット小説が多い中、お兄ちゃんの小説は毎日続いてて凄いって!」
「今度石川くんを家に招待しなさい。お兄ちゃんは盛大にもてなすぞ」
七面鳥とか買ってこよう。
「まあでも、凛と約束したからな。絶対小説家になるって」
「凛たそパワーかー。凄いねえ」
花恋が甘ったるい少女漫画を読んでる時の顔をする。
でも、花恋の言葉が全てだった。
俺が毎日小説を書き続けることができているのは、紛れもなく凛のおかげ。
凛と交わした約束が、全てだ。
そんな感慨に耽る俺に、花恋が珍しく優しい声色でこんなことを言う。
「でも最近、楽しそうに書いてるよね、おにい」
「最近?」
「ほら、前までは異世界チート? ハーレム? とかずっと書いてたじゃん。その時に比べると、ハイオクを得た軽自動車並みに生き生きしてるというか」
「水を得た魚って言いたいんだろうけど、それ遠回しにぶっ壊れてるって言ってるよね?」
でもまあ、確かに、
「それは、当たってるかもな」
思い起こす。
前作までは『小説で食おう!』の流行を分析し、一番読者数の多いファンタジージャンル、その中でもチートやハーレム系といった小説を書き続けていたことを。
今作は少し思うところがあり現代恋愛ジャンルに転向したが、結果としてはこちらの方が楽しく書けているかもしれない。
「まあなんにせよ、俺はッ、書籍化の夢が叶うその日まで! 書くのをやめないッ!」
「なんか物騒な決意だね」
「『モモの甘ったるい冒険』は名作だから、履修必須だぞ」
ぴんぽーん
ちょうどそのタイミングで、インターホンが鳴り響いた。
「愛しの凛たそが来たみたいだよ、おにい」
「だから、愛しじゃ」
「違うの?」
「……否定はしない」
最近、凛との距離が物理的にも精神的にも近くなったことによって、彼女に対する愛おしさというか、好きという気持ちがより強くなっていた。
妹に茶化されて、素直に同意してしまうくらいには。
ノーパソを閉じてリュックに仕舞い、そのまま背負って立ち上がる。
「それじゃ、行ってくる」
「いってらりんー」
リビングを出て靴を履く。
今日の弁当のメニューはなにかな、たけのこの炊き込みご飯だったらいいな。
明るい想像を膨らませながら、玄関のドアをガチャリと開いた。
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