第6話 幼馴染のことを妄想する朝

 みて! 透がリビングで踊ってるよ!

 かわいいね!


「おにい、きもい」


 妹の辛辣な一言によって透は踊るのをやめてしまいました。

 全部俺のせいです、あ〜あ。


「ごめんな花恋、お兄ちゃん、つい舞い上がっちゃって」

「ほんとだよおにい。朝から邪教(ヘルティ)の舞(フラタ)を見せつけられる妹の身にもなってよ」

「どこでそんな言葉覚えた」

「油性マジックで真っ黒に塗ってあったおにいのノート!」

「待て、なぜ貴様もその存在を知っている」

「そんなことよりおにい、良かったじゃん。凛たそにお弁当を作ってもらえるなんて」

「ほんそれな!」


 俺の黒歴史(いっそころしてくれ)が知られたことなんて、今日のビッグイベントを思い出すと彼方へ飛んで行ってしまった。

 昨晩は遠足前日の幼児のごとく目がぎんぎらりんで、朝から邪神を呼び出せそうなダンスを披露してしまうくらい、よほど楽しみだったのだろう。


「いやー、日頃の行いが良すぎたんだね。神様はちゃんと見ている」

「その神様、超無能」

「ねえ辛辣すぎん? 学校で毒を吐いてないか、お兄ちゃんは心配だぞ」

「大丈夫、クラスメイトの石川くんは私とお喋りするの楽しいって!」

「石川くんほんとに大丈夫?」


 苗字しか知らない小学生男児の未来を憂いていると、


「そういえばおにい、今日は小説、更新しないの?」

「ん? ああ……」


 訊かれて、母に『定期テスト、どうだったの?』『ギクッ』的な心持ちになる。

 凛のお弁当のことで頭がいっぱいだったのと……ニラさんのことをまだ引き摺っていて、今朝は更新できなかった。


 改めて、ニラさんの存在の大きさを再認識する。


「今日は、諸事情あってお休みである」

「あれま。珍しいね、毎日更新を欠かさなかったのに」

「おっ、なんだかんだ言って花恋も俺の作品を楽しみにしてたんだな?」

「アマクサ、調子に乗ってるおにぃをどうにかする方法教えて」


 ぴろりんっ♪


『焼き払いましょう』

「最近の人工知能物騒すぎひん!?」


 AIの反乱もそう遠い未来じゃないかもしれない。


 にゃー。


「あ、シロップ!」


 花恋の声が弾む。


 のしのしとどこからともなく、白くて毛並みの良い猫がやってきた。


 俺が小学生の頃の、ある雨の日。

 Ama-izonのダンボールの中でみゃーみゃー鳴いていたところを保護した、飼い猫の「シロップ」である

 保護した当初はそれはそれはもうティッシュの箱くらい小さくてちょこちょこしてたのに、俺が自分に懐いて欲しいがために餌付けしまくった結果、今では随分と貫禄の増した姿になったものである。


 にゃー。


 お、早速エサの催促だな?

 しかしここで甘やかしてはいけない。

 そろそろ心を鬼にして食事制限を敢行せねば、手足と胴体が一体化して恵方巻みたいになってしまう。


 にゃーにゃー、すりすり。


 鬼に、せね……ば……。


 もふもふおててをちょいちょい。


「ほーらほらほらほら、シロップ〜! 特製キャットフードだよー!」


 にゃーん!


「こーらおにい! またシロップを甘やかして!」

「しゃーないやんしゃーないやん! こんなくりくりとしたお目目でおててちょいちょいされたらあげるしかないやん!」


 ああ、なぜ猫というものはこんなにも可愛い存在なのだろう。

 つぶらな瞳、控えめなおてて、ふわふわとした毛触り。


 そして、普段はツンツンしていて素っ気ないのに、気まぐれを起こすと様々な鳴き声や仕草で甘えて来る性格。


 このギャップがたまらない。


 ギャップといえば、凛にもそういうところがある。

 普段はクールでツンツンしているのに、たまにちょっぴり甘えてきてくれる。

 

 仮にもし、凛がちょっぴりじゃなくて、べったり甘えてきたら……。


『透くん……』


 俺と凛しかいない、どっかそこらへんの部屋。

 凛がこちらに両手を広げて言う。


『ぎゅう、してほしいです……』


 アッ、死ぬ。

 そんな状況になったら間違いなく、俺は天に召されてしまう。


 死因はきっと悶絶性心不全だ。


「おにい、顔が猛暑で溶けた三角コーンみたいになってる」

「小学5年生とは思えない比喩表現出てきたね」


 流石は俺の妹である。


 ぷいっ。


 食べ終わると、シロップは先ほどの甘えたを嘘のように消して歩き去ってしまった。

 先ほどまで夜空を盛大に彩っていた花火が、急に終わってしまったかのような寂寥感。


「シロップ、おにいのこと餌くれる召使いみたいに思ってそう」

「やめて。実はそうかもしれないと思ってるから」


 飼われてるのは猫の方じゃなくて人間じゃないか説は、存外当たっているかもしれない。


 ぴんぽーん。


「おっ、凛たそ来たみたいだよ」

「きたか!」


 シュババッとリュックを背負う。


「それじゃ、行ってくる!」

「いってらー」


 はやる気持ちを抑えきれず、俺は5兆円が当たった宝くじを換金しに行くような足取りで玄関へと急いだ。

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