第13話 幼馴染のお誘い

 凛と一緒に肩を並べて下校なう。

 学校を出て駅へ向かうその途中、覚えのある変化に気付いた。


 凛との物理的な距離が、より縮まっていたのだ。

 朝は15cmものさしくらいの間があったのに、今は拳一個分くらいの距離感になっている。


「あの」

「私は化合物ではありません」

「まだなにも言ってない件について」


 すいっと、凛が身体を離す。


「気のせいです、たまたまです、思い過ごしです。そんなしょーもないことに人生の1ページを消費するくらいでしたら、私が思わず諭吉さんを投げ銭するような滑らない話でも披露したらどうですか?」

「なんか生々しくなってんね!?」

 

 ぽりぽりと頬を掻いてから、言おうか迷った言葉を空気に乗せる。


「別に、俺は気にしないよ?」


 凛がきょとりんと、幼子のような表情で見上げてくる。


「むしろ近い方が、個人的には嬉しいというか」


 半ば勢いに任せて言う。

 すると凛は少しだけ黙考するような仕草を見せた後、ぽつりと「そのほうが、嬉しい……」


 そしてわかりやすく口元を緩ませて、再び身体を寄せてきた。

 まるで、ずっと欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のように、明るい方向の感情が伝わってくる。


 再び、拳一個分の距離感になってから、言葉の通り嬉しい気持ちになった。

 

 同時に、単純な疑問を抱いた。



 ……この変化は一体、なんなんだろう。



 お弁当を作ると提案した3日前くらいから、凛の様子がおかしい。

 この距離感といい、お昼のぎゅーの事といい。


 明らかに凛の様子が変わった。

 凛の方から物理的にも精神的にも距離を近づけて来ている、そんな気がした。


 単なる気まぐれか?

 そう思っていたけど、そうじゃない気がしてきた。

 気まぐれではない、なにか確固たる意志に拠る行動のように思えてきたのだ。


 これってもしかして……『そういうこと』なんだろうか?


 という、淡い期待を抱いてしまう。

 もしそうだとしたらどんなに嬉しいことだろうと、胸がそわそわする。


 でも反面、その推測に消極的な自分がいた。


 理由は主に2つ。


 ひとつは凛のような完璧美少女に自分なんかが好意を寄せられるわけがない、という自己肯定の低さ。

 この距離感の詰め方も幼馴染という関係だからこそで、決して異性として意識した結果というわけではない、そんな予感。


 もうひとつは……いや、これは言うと気分が沈むからやめておこう。


 兎にも角にも利己的な内面的事情があって、まだ心は『そういうことではない』寄りだった。

 いやもっと正確に言えば、『そういうことではない』事にしたかったんだと思う。


 だけど凛は引き続き、そんな俺の情けない内情をフル無視した距離の詰め方をしてきた。

 まるで、そんな考えは私が許さないと言わんばかりに。


「そういえば透君」

「ん?」

「ケーキの子って、もう見ました?」

「ケーキの子?」


 すぐに思い当たった。


 前作「君の鼻」で社会現象を巻き起こす大ブレイクを果たし、日本のトップクリエイターの一人となった深海嘘子監督の最新作。

 映像美と感動的なストーリーラインに定評があり、すでに興行収入100億超えのメガヒットを飛ばしているらしい。


 これだけの人気作となると、俺も創作活動を行う身として一度は見たいと思っていたが、なかなかタイミングが合わず行けてなかった。


「気にはなってるけど、まだ見れてない」

「では今週の土曜日、見に行きませんか?」


 デートのお誘い、だと……?


 思わず凛の方を見る。


 歩く方向を真っ直ぐ見据え、いつもの無表情を表出する凛

 まるで、特に深い意味はないですよと言わんばかりの澄まし顔。


 しかしよく見ると……カバンを持つ両手が微かに震えているのがわかった。

 瞬きの頻度もいつもより多く、頬がわずかに朱に染まっている。


 この挙動、やはりどう見てもおかしい。

 いつもの凛じゃない、でも、その疑念よりも。


 凛が俺をデートに誘ってくれたという嬉しさの方が、圧勝した。


 ほんのちょっぴり残っていたクエスチョンが、俺に一言だけ短い問いを放たせる。


「それも、気まぐれ?」


 凛はこちらを向き、ふわりと笑う。

 雨に打たれていた草原に訪れる春の陽だまりのような笑顔。

 

 俺がずっと、大好きな笑顔。


 形の良い唇が、迷いのない言葉を紡いだ。


「もちろんです」


 俺が凛の誘いを快諾した事は、言うまでもない。

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