第16話 幼馴染の思い出し泣き

「本当にここで良かったの?」


 世界が誇る大手ハンバーガーチェーン。

 マクサトー・ナールドのテーブル席で凛に尋ねる。


「ここが良いんですよ。ちょうど、照り焼きバーガーが食べたくなりまして」

「ああ、凛好きだもんねそれ」


 はむはむと照り焼きバーガーを齧る凛。

 バーガーをちょこりと両手で持つその姿は、餌にありつけた小動物を彷彿とさせる。


「そういう透くんも、照り焼きバーガーしか食べませんよね」

「なんやかんや、これが一番うまい!」

「全面的に同意、です」


 凛の瞳がなにか思い起こしたかのように細められる。


「懐かしいですね、マクサト」

「初めて俺と凛が来た店、確かマクサトだったもんね」

「ですね」


 凛が、手に持つ照り焼きバーガーをどこか愛おしげに見つめる。


「あれは確か……出会って少し経った頃でしたっけ」

「そーそ。というかあの時も凛、泣いてたような」

「それは今すぐ消去ボタンを押すべき記憶ですっ。なんですか、私の過去の恥ずかしい記憶を引き合いにしてこの照り焼きバーガーをゆすろうという算段ですかそうですかどうしようもなくセコい男ですね気持ち悪い」

「しないわそんな三流以下なこと!」

「というか今はもう、泣いてないです、もん」


 もんって。


「可愛いかよ」


 思わず心の声が漏れる。

 凛は「あっ」と赤面して、口元を拳で覆った。


 だから、可愛いかよ。


「ま、まあせっかくだし、映画の感想でも語ろうぜ」

「そ、そうですね。せっかく二人で感動を共有したのですからね」


 なんか急に擽(くすぐ)ったい空気が流れ始めたので、二人で示し合わせたかのように会話の舵を切る。

 流石は幼馴染シンクロ。


「透くんは、どのシーンが良かったですか?」

「俺はやっぱりラストシーンかな。もなか君がきな子ちゃんのために、食材を求めて線路を走るところ」

「あああー、確かに。あれはもう、日本のアニメ史に残る名シーンですね」 

「凛は?」

「私は……」


 言葉を切り、天井を見上げる凛。

 じっくり10秒ほど動作を止めた後、口を開く。


「そうですね。いくつかありますが……やはり、もなか君がきな子ちゃんと引き離されるシーンが一番涙腺にきましたね」

「ああー、わかる。やっぱ想い合う二人が意思に反して離別するシーンは、うあああっってなるよねー」

「そう、ですよね」


 すると凛は、真っ直ぐ俺に視線を寄越してきた。

 じっと、俺の瞳を覗き込むようにして。


「ん? どうしたのり……」

 

 じわり。


「おおおおどうしたどうしたっ?」

「あっ、やっ、これは、そのっ」


 慌てた様子でぐしぐしと目元を擦る凛。


「だ、大丈夫?」

「す、すみません、ちょっと、思い出し泣きしちゃって」


 目をぱちぱちと瞬かせ弱々しく溢す凛を目にし、胸のあたりがきゅうっと締まった。


 なんだこの、守ってあげたくなる生物(いきもの)は。


 今すぐ撫で回して抱き締めたい衝動に駆られそうになるのを、ぐっと堪える。


「結局、泣いちゃったな」


 凛の感情の奔流が落ち着いてから、笑いながら言葉を掛ける。


「うっさいです。これは思い出し泣きなのでノーカンです」

「泣いてるやん」


 ぷいっと顔を背ける凛。

 その子どもっぽい仕草に、思わず口元が緩む。


「でもまあ、逆にタイミング良かったかもね」

「なにがですか?」

「ほら、泣いた時こそ美味しいものを食べるのが一番だと思うし」


 言うと、凛は表情を驚きに染めた。

 しかしそれは一瞬のことで、すぐに赤らめた瞳を細め、微笑ましげな表情で口を開いた。


「……やっぱり、変わりませんね、透くんは」

「え、なんのこと?」


 訊くと、凛はふるふると首を横に振ってから、


「なにもかもですよ」


 今度は俺が首を捻るような回答を口にした。


 凛とのデートは、こんな風にして過ぎていった。

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