第11話 シロップの引き金
「よし、更新っと」
平日の朝、自宅のリビング。
小説の更新を終えた俺は、一息つきブラックコーヒーを胃に流した。
「更新お疲れー、おにい」
花恋(かれん)が、もちゃもちゃとピザトーストを頬張りながら労いの言葉をかけてきてくれる。
「ありがとうよ、花恋。今日もいちゃらぶぎゅーシーンを投下してシロップマシマシだったぜ!」
「隙あらば作品語り」
「これは隙を与えた花恋の不覚だな」
「あ、ケチャップ取っておにい」
「全然聞いてないね!?」
突っ込みながらケチャップを手渡すと、花恋は「ありがとっ」と言って無邪気に笑った。
優雅で穏やかな、変わり映えのない朝の1コマである。
「おにい、よくブラック飲めるよねー」
ニラトーストをブラックコーヒーと共に堪能していると、花恋が「うへぇ」的な表情を浮かべていた。
「執筆中に口の中がシロップまみれになってしまったからな。むしろブラックじゃないとコーヒーも甘くなる」
「へー、そうなんだ。やっぱわかんないなー、おにいの作品」
「わかるようになったらいつでもお兄ちゃんに言うんだぞ? 花恋が正しき道に戻れるよう、いつでも相談に乗ってあげるからな?」
「変な壺とか勧めてきそう」
「霊感商法ちゃうわい。あ、そうそう。俺の作品の読者には、甘ったるくてコーヒーをがぶ飲みし続けた結果、胃炎になった人もいるらしい」
「うわ、おにいの作品凶器じゃん。重糖法違反で捕まるよ?」
「なんか漢字が違うような気がする件について」
ぴこんっ。
ノーパソが通知音を奏でる。
「お、きたきた」
「ニラさん?」
「この反応速度は彼しかいない」
彼女、という可能性もなきにしもあらずだけど。
作品のターゲット層的には男性と思うのが自然だろう。
というかこれ、もう完全に出待ち頂いてるよな。
“今回も面白かったです。仲直りハグ回いいですね。年下の舞香さんにぎゅーされる涼介くん最高です。涼介くんはタケノコによって家を失いましたが、代わりに舞香さんという存在を手に入れましたね。作者様に感謝”
「ああ、ニラさん、わかってらっしゃる……」
「おにいが天に召されそう」
「死因は悶絶性心不全だな。おっと、返信しないと。えーと、ニラさん、いつも応援ありがとうございます、そして共感いただけて嬉しいです! 外ではヒロインを引っ張っている主人公が、二人だけになるとヒロインに甘えるというシチュエーションは尊み以外なにもの……」
「おにい、きもちわるーい」
「年の差恋愛の尊さがわからないおこちゃまはおだまりっ」
花恋の年でわかってしまったらそれはそれでお兄ちゃん心配だけど。
「クラスメイトの石川くんは上級生と付き合ったことあるらしい!」
「ほう石川てめえいい度胸じゃねえか万死に値する」
「『三日で貯めてたお小遣い全部持っていかれた』って言ってすぐ別れてたけど」
「石川くん今度家に連れてきな?」
盛大にもてなしてあげよう。
世の中、貢物を要求する女性ばかりじゃないんだよと、優しく教えてあげたい。
ぴんぽーん。
感想を返したタイミングで、インターホンが鳴り響いた。
「おっ、愛しの凛たそが来たみたいだよ、おにい」
「誰が愛しじゃ」
「違うの?」
そうだけど。
恥ずかしいし、口にはしなかった。
ノーパソを閉じようとしたその時、ぴろりんと、また通知音が鳴った。
「おっ、また感想きた」
「あら、おにいの過疎作品にしては珍しい」
「過疎作品言うな。えーと、なになに」
感想返しは後にして、とりあえず内容だけは目にしようとディスプレイを見やると──。
“ハグシーンのリアリティが無いですね。作者はもしかして童貞?”
「うがむどんすたああああああ!!!」
「おにいが壊れた!」
この感想が発端となり、俺は今日、非常に甘ったるい展開に突入することになる。
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