第24話 幼馴染と、おまもり
あれは確か、凛と出会って3ヶ月くらい経った頃のこと。
「私の目……やっぱり変、でしょうか?」
放課後の図書室。
俺がいつものように執筆していると、隣で凛が言葉を落とした。
なぜ唐突に凛がそんなことを言ったのか、俺にはわからなかった。
生まれつき少々目つきが鋭いのと、元々人見知りな性格なことが理由で、凛がクラスでからかいの対象にされている事。
そしてこの日も、凛がクラスメイトに心無い言葉を投げ付けられ意気消沈していた事を、俺は知らなかった。
だから俺は、気遣いも忖度も同情の念も何もなく、ただ純粋な考えを口にした。
「全然変じゃないと思うよ?」
目を丸める凛に、続けて言う。
「むしろ、可愛いと思う!」
なにも知らない俺が放った、嘘偽りのない言葉だった。
変化は一目瞭然だった。
凛の表情にかかっていたネガティブな霧が、みるみると晴れていく。
「……ありがとう、ございます」
俯き、口元を緩ませる凛。
でも、まだ表情には悲しみの気配が残っていた。
その事に、俺は喉に刺さった魚の小骨のような引っかかりを覚えた。
いつだったか。
多目的室で一人泣いてた凛のことを、思い起こす。
あの日泣いてた理由を、凛は教えてくれなかった。
何度も尋ねたけど、凛は「大丈夫ですから」と笑って首を振った。
それ以上は踏み込まなかった。
踏み込めなかった。
“大丈夫ですから”
そう言って儚げに笑った凛の薄暗い部分に踏み込む勇気が、気概が、当時の俺にはなかった。
この時も、それ以上深く尋ねることはできなかった。
とても、歯がゆかった記憶がある。
せめて、なにかしてあげたいと強く思った。
すぐに俺は行動に移した。
次の日の放課後。
「今日、いいもの持ってきた!」
「いいもの?」
きょとりと目を丸める凛に、俺はあるものを手渡した。
「……おま、もり?」
「そう! 昨日、神社で買ってきたんだ」
いつだったか、母さんが俺に話してくれた。
お守りを持っていれば、神様が災いから守ってくれるって。
それを思い出して閃いた。
俺には凛の悲しみを直接振り払うことはできない。
だったら神様に守ってもらおう、という俺の短絡的な考えからきた行動であった。
我ながらナイスアイデアだと、この時の俺は本気で思っていた。
「この色、可愛いでしょ? 絶対凛ちゃんに似合うと思うんだー」
ご利益の内容とか、そういうのはよくわからなくて色だけで選んだ。
クリアな紫みの赤、パステルピンク。
神社で目にした時、これは凛ちゃんにぴったりだ、と確信して手に取った。
「これを持っていたらきっと、大丈夫」
凛の小さな手を取って、お守りを乗せる。
「きっとこのお守りが、凛ちゃんを守ってくれるよ!」
言ってから俺は、屈託なく笑った。
しばらくの間、手渡されたお守りをじっと眺めていた凛が、ぎゅっと、大事な宝物でも扱うかのようにお守りを握り締める。
それをもう片方の手で包み込み、そのまま胸の前に持っていって、悲しみの気配なんて一欠片も感じられない澄み渡った大空のような笑顔を浮かべて、
「……ありがとう、ございます」
嬉しみの感情が溢れんばかりの声。
瞳の端にはきらりと、光るものがひとつ浮かんでいる。
ああ、喜んでくれた、よかったと、俺はほっと胸を撫で下ろした。
この出来事が凛にとってどれだけ大きな意味をもたらしたか、この時の俺には知る由もなかった。
それ以来、凛の表情が曇る事はなかった。
中学の2年目あたりまで。
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