第3話 「幼馴染ざまぁが流行っててつらたん」


 昼休み。


 それは、ネット小説家にとって絶好のインプット時間。


 2年2組の教室で、購買で購入した焼きそばパンに舌鼓を打ちながらスマホを操作し、『小説で食おうぜ!』にアクセスする。

 さあ、今日はどんな甘ったるい作品がランキングに上がってるんだとドキドキしながらタップして、


「ふぁっ……!?」


 ディスプレイに表示された光景に、目玉が飛び出して画面に突き刺さりそうになった。


「バカ、な……」


 スマホを持つ手が、わなわなと震える。

 見間違いじゃないかと、一度視線を焼きそばパンに移す。


 うん、俺の歯型がついたプレミア付きの誰得焼きそばパンだね、おいしそ。


 ……よし。


 落ち着いてからもう一度、画面へ焦点を当てる。


「……っ」


 見間違いじゃ、なかった。


 視界に映る、いきつけの現代恋愛ランキングTOP3、そこは──。

 

『幼馴染の俺に対するイジメが教育委員会にバレた件~停学明けて帰って来たら、もう他人です〜』

『暴力幼馴染を傷害罪で訴えます〜示談金でウマウマ月旅行〜』

『官房長官の娘であることを10年間自慢してきた幼馴染に、僕のパパは総理大臣なんだぞと明かした結果〜お前だけ消費税500%〜』


 なんでや!?


 なんで『幼馴染がざまぁ』される作品ばかりなんや!?


 大事に飼っていたペンタゴン(金魚)が死んだ時。

 通勤ラッシュの時間帯なのにICカードが残高不足で弾かれた時。

 

 大なり小なり俺が落ち込んだ際に癒してくれた、いちゃらぶあまあまシロップ作品たちは何処へいった!?


 『幼馴染がざまぁ』


 それは、言わずと知れた負けヒロイン代表である『幼馴染』が、主人公によってこっぴどく振られたり、クラスのカースト最下位に突き落とされたりといわゆる『ざまぁ』される展開の総称である。

 

 思い出す。 


 そういえば最近、とある大御所作家先生が『幼馴染ざまぁ』の超大作を完結させてランキングに入ってたような。

 それを皮切りに他の作家先生達も『幼馴染ざまぁ』をゴリゴリ書き始めてそれがランキングインして──という流れか。

 

 ……うん、わかる。

 わかるよ……!?


 このジャンルの面白さもわかるし、流行る理由もわかる。 

 でも……俺は……俺には、好きな幼馴染がいる!


 好きで好きで大好きな、凛がいる!


 想像する──凛を振って、お前だけ消費税500%だと言い放ち、ざまぁする。

 表情を絶望に染めた凛が行かないでと泣き叫び、軽減税率はどうなるのと手を伸ばし……おろろろろろろ。


 想像はそこで強制終了させられた。

 脳がそれ以上の思考を拒否した。


 内臓が裏返って中のモノが逆流するような感覚。


 ゴツンッ!

 

 思わず頭を抱えて机に突っ伏した。


 想像するんじゃなかった、マジで。


「米倉くんー、どーしたのー?」

 

 顔を上げると、クラス委員長の橋下(はしもと)結海(ゆうみ)さんが、不思議そうな表情で立っていた。


「幼馴染が……ざまあで……消費税500%で……」

「うーん、ちょっと落ち着こうか」


 橋下さんはちんまくて、ふわっとした髪型で、雰囲気もほわほわしている、何を考えているかよくわからない系の女の子だ。


 ただ橋下さんは、クラスで浮き気味な俺にも積極的に話しかけてくれる優しい人である。

 橋下さんが我が2組のクラス委員長という立場で仕方なく、という可能性も無きにしも非ずだけど!


 凛の次に、言葉を交わす機会が多い人物であることは、間違いない。

 

「なにか困ってることとかー、あったら、聞くよ?」


 こてりんと首を横に倒し、無警戒な笑顔を浮かべる橋下さん。

 

 現在、精神状態がヘドロ状態である身としては是非とも話を聞いて欲しいところであったが……。


 とはいえ……説明しづらい。


 『小説で食おうぜ!』で『幼馴染ざまぁ』が流行していて、その幼馴染に凛を重ね合わせたらグロッキーになりました、なんて。


「話しにくいことだったら、話さなくてだいじょーぶだよー」

「エスパーかな?」

「エスパーじゃなくてもわかるよー」


 のんびりとした口調でくすくすと笑う橋下さん。


「とりあえず、吐き出したくなったら、いつでも言ってねー」


 そう言って、橋下さんは両手を胸の前でぎゅっとした。

 小動物がひまわりのタネを持っているような仕草。


「おーい、ゆーみーん!」


 そのタイミングで、橋下さんを呼ぶ元気な声が鼓膜を叩く。


「ひよりんに呼ばれちゃった。それじゃーね」

「お、おう、ありがとな」


 にぱっと最後に笑って、橋下さんはクラスメイトの有村さんのところへゆっくり歩いて行った。


「吐き出す、か……」


 一人になってから、呟く。


 呟く……?


「そうだ!」


 つぶやきったーがあるじゃないかい!


 つぶやきったーは、心の内を吐き出すには最適のSNSだ。

 そのうえ俺のアカウントは創作専用で読者さんと作家先生達としか繋がってないから、クラスメイトに見られる心配もない。


 え? リア垢?

 なにそれ知らない美味しいの?


 青い鳥のアイコンをタップ。

 テキスト入力欄を開いて早速、想いを綴る。


 率直な今の気持ちを、電子の海に解き放つ。



『幼馴染ざまぁが流行っててつらたん』



 ──つぶやきを送信しました。


 その数秒後、ぴこんっと通知音。


 ──『ニラ』さんが、あなたのつぶやきを『ええやん』しました。


「おお……ニラさん」


 ニラさんは俺の作品の神読者。

 そして、つぶやきったーのフォロワーでもある。


 ニラさんは俺のつぶやきに対しても秒で『ええやん』する。

 テキストを交わしたことは一度もない。


 どんな人なんだろう。

 少しだけ、いや、かなり興味がある。


 ただ、これだけ毎回反応が早いと、ちゃんとご飯食べてるのだろうかとか、しっかり寝ているだろうかとか、ライフスタイル面で心配になる。


 また、ぴこんっと通知音。


 ──『ニラ』さんが、あなたのつぶやきに返信しました。


 うせやろ!?


「ニラさんからコメント……!?」


 ばっと通知欄を見ると、そこには簡素な言葉が一行。


『私も、そう思います』


 ああニラさん、わかってくれますかこの気持ち!


 共感を頂けたのと、いつもお世話になっているニラさんからの初返信が嬉しくて嬉しくてテンションが上がってしまって……あと、大好きな凛を想像の中とはいえ酷い目に合わせてしまったモヤモヤが作用し、思わずこんな文章を作成していた。


『ニラさん!! 共感いただけて嬉しいです!! 俺、リアルに幼馴染がいて、その子の事が小学校の頃からずっと好きで……彼女がざまぁされるのを想像すると、本当に胸が痛いんです! 俺は幼馴染はざまぁじゃなく、あまーしたい! つまり何が言いたいかと言うと幼馴染を超絶幸せにしたいと思っていて文字数』


 はっ!


 まだ絡んだこともない方になんてものを送ろうとしているんだ俺は!?


 という理性のブレーキがかかる前に、


 ──つぶやきを送信しました。


「あ」


 …………。


 なにしてんの、俺。


 さーーーっと、血の気が引く感覚。


 すぐに呟きを削除しようと思った。

 でも、ニラさんのことだから多分見ちゃってるし、送ったの消したら余計に微妙な感じが……。


 と、葛藤している間に、気づく。


 もう10秒以上経ったのに、『ええやん』がつかない。


 おかしい、いつもはほんの数秒で『ええやん』が来るのに。


 ぴこんっ。


  ──『ニラ』さんが、あなたのつぶやきに返信しました。


『そうですか』


 あ、おわた。


 完全に引かれたパターンだ、これ。


 俺は再び、机に突っ伏した。



 ◇◇◇



 同時刻、2年1組の教室。


 私、橋下結海は、親友の有村日和(ありむらひより)、通称ひよりんに呼ばれて隣のクラスに来ていた。

 いつも一緒に遊んでいるもう一人の親友、浅倉凛ちゃんとお喋りするためだ。


「それでねー! 治くんったら、この前私の肩に寄りかかって眠ちゃって、その寝顔が子供みたいに可愛くてね!」

「へえー、そうなんだねえー、相変わらず甘いねえー」

 

 ひよりんは、最近お付き合いを始めた彼氏さんのお話に夢中だ。

 聞いているこっちが胸焼けしそうな甘ったるい砂糖話なわけだけど、心底幸せそうに話すひよりんを見ていると、こっちまで幸せになってくる。


 ゴツンッ!!


 そんなひよりんの砂糖話を、もの凄く鈍い音が中断した。

 スマホを弄っていた凛ちゃんが突然、机が陥没するんじゃないかという勢いで頭を打ち付けたのだ。


「り、凛ちゃん!?」

「凛ちゃん、どーしたのー?」

 

 私とひよりんが尋ねる。

 しばらくぴくりとも動かなかった凛ちゃんがゆっくり、ゆっくりと、顔をあげて、一言だけ言葉を置いた。

 

「なんでも、ない」

「なんでもない、顔じゃ無さそうだけどー……」


 思わず、正直な感想を口にしてしまった。


 だって、あまりにも凛ちゃんらしくない挙動をしてたから。


 耳を、唇を、身体をぷるぷると震わせて、


 凛ちゃんは、打ち付けた額の赤色が薄く見えるくらい、顔を真っ赤に染めていた。


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