第8話 シュウガとは「秋牙」と書く

「男子達の代表は誰なのかしら?」

「今日、オークル先生に詰め寄っていたのはヤフウとテルイだったわね」


 リリーアンがそれを受けて答える。


「ということは、チャガとムカは参戦してくるなぁ」


 他人事のようにチョウカが応じるが、それも無理はない。八年次生で寮長のチョウカには模擬戦への参加資格はないのだ。


「元々、その二人というか二組は予想の範疇だったんです。問題はあの“いやらしい”男子達の方です」


 忌々しげにコウハが呟くと、リリーアンがそれにうなずいた。


「そうね、あのウルツってのはいやらしいよね」

「あたしはヘンラック君の方を言ってるの!」


 コウハの肩がふるふると震え、主張はさらに続く。


「いつでもどこでも私の胸ばかり見て……」

「そうです! あの男はコウハさんの素敵なお胸をいつでも見てるんです!」

「セツミ、黙っていた方が身のためよ」


 とリリーアンが忠告したが、その時にはすでにセツミはコウハに小突かれていた。


「結構なことじゃないか。要はお前を好いているってことだろ」

「寮長。あたしの胸を好きなことと、あたしを好いてくれていることは別の話です」

「お~こわ。で、ウルツってのは何をしたんだい?」


 とチョウカが肩をすくめ、次にリリーアンに水を向けた。その表情にはどこか面白がるような笑みが浮かんでいる。


「直接は何も……でも、あの購買に通い詰めてコレアキさんの話を鼻の下を伸ばして聞いてるし、クルラーテに降りたら、まず“クッキー”に行って艶本立ち読みするんだって。まったくこれだから男ってのは……」


 クルラーテというのは、この島にある唯一の街にして、この島の立地条件上もちろん港街でもある。

 “クッキー”というのはその町にある雑貨店「クエステ&キッカ」の愛称というか略称だ。


 学内で販売するには問題のある品物も、余さず取りそろえている問題の多い雑貨店である。


「そんなの、男の子なら当然のことさ。あんた確か故郷に兄さんいただろ」

「いるからこそ男嫌いなんです。それにスケベならスケベで、もっと堂々としてればいいのに、あんなにコソコソと……」

「そういえば、そういうのがいるらしいじゃないか。食堂で宣言したんだっけ? あたしらを裸にしたいって」


 チョウカがやっぱり笑いながら、その話題を遡上に乗せるがイェスイを除いた女子全員の顔が引きつる。


「そいつ名前はなんてんだい?」


 だがチョウカは、まったく空気を読まずさらに質問をぶつけてきた。


「えっと……私も聞いた話なんで確かじゃないんですけど……」


 おずおずとミクリアが口を開いた。


「もちろん構わないよ。噂話ぐらいでいいんだ。食事の時の話なんかはね」


 野菜の煮物を茶碗の上に乗せて、かき込む構えを見せながらチョウカが応じると、それでミクリアの緊張がほぐれたようだ。


「ヤオナの人で、確か名前は……しゅ……シュウガと……聞きました」


 その名前が出た途端に、チョウカの動きが止まった。


「――寮長?」


 雰囲気の変化に気付いたのか、コウハが呼びかけると。


「シュウガ、ね――故郷で聞いた名前だよ」

「ヤオナで?」


 同郷のセツミが声を上げる。コウハも興味を覚えたようで箸を止めてチョウカを見つめた。


「ああ。あたしが聞いた話が本当なら、そいつはセイメイ州の出身だね」


 それを聞いた途端、コウハとセツミが僅かながら身じろぎする。その反応を見たリリーアンとミクリアがほとんど同時に首を捻り、


「それが何か問題なの?」


 とリリーアンが代表して尋ねた。チョウカはそんなリリーアンに挑みかかるように、半身を乗り出してその疑問に答えてやった。


「ヤオナが女王様を戴いた国だってことは知ってるよな」

「う、うん、ヤクモ州って言うところにいらっしゃるんでしょ?」

「そのヤクモ州に一番近い州が、セイメイ州なんだ。優秀な戦士を多く産みだしている州でね。謂わば女王様の親衛隊みたいな州なんだ。ヤオナ統一の時に一番力を振るったのもこの州の戦士達だ」


 ヤオナが統一されて国の形になったのは約三百年前。ゴールディアよりも歴史はあるが、ゴールディアが興る前も、北方の草原は幾度かの集合、離散を繰り返してきた歴史はある。いわばゴールディアが成立する素地はあったのだ。


 一方のヤオナは三百年前の統一までに、一度も統一された歴史はない。それまでは島々の間で血みどろの戦いを繰り返してきたということになる。


「その性、残忍にして粗暴。同胞相食むこと甚だし」


 と五百年前のソーレイト史にもみえる。


 それが三百年前、ヤクモ州にセイメイ州が臣従を誓い他の州――当時は州ではなく島と呼ばれていたが――への征服戦争を開始した。


「あたしの州のヘンナ州は、ヤクモ州とどっこいの小さな島だからね。さっさと降伏したのが良かったのかも知れない。だけどキュウナは下手に抵抗したもんだからセイメイに徹底的にやられてね。いまだってキュウナの連中は、ソーレイトやゴールディアよりもセイメイを嫌っているぐらいだよ」

「あたしとセツミはホンナ州の出身ですけど、セイメイ州の武名の高さはもちろん知っています。今でもセイメイの人を怖がっている人は一杯いますよ」

「コウハさんの言うとおりです」


 いつものごとくセツミが追従するが、誰もそれに突っ込むことはなくチョウカの言葉を待った。そこまでの話は基礎知識の補完のためで、本題であるシュウガについてはまだ語られていないからだ。

 チョウカも、そんな期待に応えるように本題を切り出す。


「前に帰った時に、そのセイメイの人と一緒の場所に顔を出す機会があったんだけど、その時に“シュウガ”って名前が出たんだ」

「チョウカさんに言うってことは、学校でよろしくとか?」

「いや、それはあたしとじゃなくて大人同士の話だったんだ。あたしにはそれが聞こえてきただけ」


 リリーアンの言葉を否定して、チョウカは気を持たせるように間を取った。


「なにを話してたんです?」


 その間に誘われるようにミクリアが尋ねると、


「『学院に行ってくれてるおかげで、やっと生きた心地を味わえる』ってね」


 全員がその言葉の意味を考える。


「いやいや、そんな難しい話じゃないよ。要は武名誉れ高いセイメイ州でも、シュウガってのは飛び抜けた存在だってことだよ」

「それは……とても強いってことですか?」

「そうだろうね。なんでも宝刀――」


 と言いかけた、チョウカの口がそこで噤まれる。そして何かを誤魔化すように、無理矢理な笑みを浮かべると、


「だけど、この学院にいる限りそれは気にしなくて良いよ。せいぜいが実技が飛び抜けているだけだろうしね。そもそも直接殴り合うわけでもなし」

「それもそっか」


 とリリーアンは大いにその言葉に納得したようだが、ミクリアの方は不安そうな表情を浮かべている。

 ヤオナ出身の二人は、コウハの言葉の意味を尚も考えているようで、沈黙を守っていた。


「その先輩は……とても強いんだね」


 そんな中、イェスイが無邪気な声を上げた。


「勉強できるのは嬉しいな」

「そ、そうだよね、模擬戦だものね。怪我することもないし、負けてもひどいことにはならないし」


 イェスイの言葉にミクリアが気を取り直したが、それとは逆の意味で気を取り直した二人がいる。


「負けたらひどいことになるのよ!」

「そうだわ。相手が誰でも死にはしないのよ! 怖がってる場合じゃ無いわ!」


 リリーアンとコウハが意気を上げた。


「確かに、あたしも打ち合わせで負けるようなのよりは、その方が好きだな」


 チョウカはそう締めくくると、茶碗のご飯を豪快にかき込んだ。

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