第31話 初心者シュウガ

 その翌日も模擬戦自体は、昨日の展開と変わらぬままに終わるはずだった。


 女子達は頑なに籠城戦を選択しているし、男子の方は決め手になるはずの攻城塔はまだ完成していない。

 ただの消化日程――のはずが、クルラーテの方で変化があった。


 広場の立ち入り制限で、食欲を抑えきれない生徒達が溢れ出し、一時的ではあるが空前の好景気に沸いているこの街で、この二組が同じ店に足を運んだことは、むしろ運命的といっても差し支えないだろう。


 しかも双方が純粋な代表戦の選抜組である。


 リリーアン、コウハ、そしてイェスイ。

 ヘンラック、ウルツ、そしてシュウガ。


 双方共が申し合わせたように、三人ずつになったのも、他の者が講義におわれていたり、別の店に行ったりと――これも運命ということで納得するしかない。


 鉢合わせしたのは「割烹ナダマ」というヤオナ風の料理を出す食堂だった。ソーレイト風の料理では、質、量、値段の全てにおいて学食の一人勝ちであったが、他の二国の料理についてはつけ込める隙がある。


 そういった事情がある中で、この店はまず学食に匹敵する品質の高さが売りで、出来合いの総菜を自由に皿に取っていく仕組みも、人気が高い理由の一つだ。


 ただ、余り広くない。


 今の事態のようにクルラーテ全体に人が溢れている状況だと、すぐに生徒達で席が埋まってしまう。


 その中でこの二組が同じ店に居合わせたのが運命だとするなら、同席になってしまったのはもはや必然とも言える。代表戦選抜者は生徒達の中でも一種特殊なのであるから。


「ヘンラック君は、あたしから一番遠い席ね」


 目一杯の妥協と共にコウハがまず宣言するが、ヘンラックはそれだけで絶望色に顔を染めた。


「あなた、あたしが近くにいたら動きが止まるの。それじゃ色々と邪魔なの。そっちの司令官してるんだから――わかるわね?」

「動きが止まる? 一体何の――」

「いやいや、確かにヘンラックさんはそうした方が良い」


 ウルツがそこに割り込んだ。病気の自覚がない相手に説得を試みても仕方がない。


「じゃあ、ヘンラックさんはイェスイの前ね。仕方ないから、君は私の前で良い。その代わりにイヤらしい目で見るんじゃないわよ」


 そこにリリーアンがさらに割り込んだ


「せ、先輩といっても失礼すぎます。僕が何時、そんな目を――」

「これは真面目な話なの。そっちのシュウガ君とうちのイェスイを近づけさせても良いと思っているほど、君は鈍いわけ?」


 さらに詰め寄るリリーアンを前にして、ウルツは沈黙するしかない。

 当の本人達はといえば、すでに総菜を陳列している店の中央の大きな机に向かっており、抜群の身体能力で、次から次へと総菜をかすめ取っていた。


 いや、そもそもそういった指示を二人に出したのは、それぞれの組なのだ。

 だからこそ悠長に座席割りについて話し合いも出来る。


「お待たせお待たせ~」


 と、器用に大皿二つを頭上に掲げながら、シュウガが帰還する。その後ろには汁気の多い総菜を器に入れたイェスイがいた。なかなかの連携だ。


「どれがお勧めですか?」

「ウルツ君ならそこの小魚の甘酢かけがいいかもね」


 コウハがそう言うとウルツは素直にそれに従おうと箸を延ばす。


「いや、ここは銀だらの味噌漬けにするべきだ」


 そこにシュウガが主張と腕を同時に出してウルツの箸の軌道を修正した。その強引さにコウハも声を荒げる。


「なにするのよ!」

「どう考えても、こっちの方がご馳走だろ! セイメイじゃあ、取り合いになるんだ!」

「あたしの州ではこっちの方がご馳走なの! そもそも先輩にその言葉遣いは何?」

「それは今、関係ねぇだろ!」


 ウルツを置き去りにして、言い争いを激化させる二人。


「構わないから好きなの食べなよ。ヤオナって本当の州の間での仲が悪いわ」


 それを横目で見ながら、リリーアンが冷めた声でウルツに告げる。


「は、はい」


 と、これ以上火種を作るのがイヤなのか南瓜の煮物に箸を延ばすウルツ。


「じゃあ、あの砦の建築は君が考えたのか」


 その横ではヘンラックがイェスイ相手に驚いた声を上げていた。


「う、うん……じゃなくて、は、はい」

「いいよいいよ。話しやすいように話してくれれば。君の知略は尊敬に値するし」

「え……え……あ、あの……ありがとう」


 真っ赤になって縮こまるイェスイに、優しい眼差しを向けるヘンラック。


「……まともだわ」


 心底意外そうな声を出すコウハ。コウハの前では停止するヘンラックであるから、当然といえば当然の話だが、逆に言うとコウハはヘンラックの視線被害をいつも被っているという事でもある。


「え? あの砦、イェスイが考えたの?」


 一番離れた席から遠征を仕掛けるシュウガ。


「そうよ。おかげで大助かり。イェスイ様々だわ」


 それをリリーアンが迎撃する。


「そこがわかんねぇんだよ。何であの砦一つで、そんなに苦しむことになるのか」


 驚くべき告白と言うべきだろう。

 軍事学校に在籍して、日々軍事教練を受けており、将来は故国の幹部候補生とは思えぬ、理解力の低さだ。

 リリーアンとコウハは、とっさに返事が思いつかなくて固まってしまった。


「あ、あのね、それはね、えっと……」


 イェスイが何とか説明しようと口を開くが、上手く言葉に出来ないらしい。なまじシュウガが期待に満ちた目で見つめるから、さらに緊張してしまっている。


「……あの場所に砦を築かれると、戦場に設定されている広場全部が大砲の射程に収まります。これによって女子代表は戦場での主導権を握ることに成功したんです」


 見かねたウルツが説明を始めた


「でも、撃ってこないぞ」

「“撃てる”ということが重要なんです。そのために我々は戦術の幅を制限されています。それに加えてイェスイの存在、さらには全滅を免れるという、女子の方の戦略目的を考えると、ああいう防衛拠点がある事はそれだけで有利ですね。本当に大した知略です」

「へぇ……」


 今度はリリーアンが感心したような声を上げた。


「スケベだけかと思っていたら、ちゃんとしてるんじゃない」

「――その大いなる誤解はどこから発生しているのか、この場でとことん突き詰めたいですね」


 と向かい合わせの二人が喧嘩を始めるが、肝心のシュウガの方は今ひとつ納得していないらしく、しきりに首を捻っている。


「海の真ん中に、大きな軍船があるんだ。何しろ大きいからちょっとやそっとじゃ沈まない。しかも向こうから好きなときにこちらを攻撃できる。で、こちらは小舟ばかりだ。この時に有利なのはどっちだ?」


 今度はヘンラックが説明する。


「そりゃ軍船の方だ」


 喩えがわかりやすかったのか、今度は腑に落ちたらしい。シュウガは素直に頷く。


「今まさにそういう状況なんだよ。俺たちはちまちま攻撃するだけで手をこまねいている」

「でも、それが簡単なら最初からやればいい」


「違うよシュウガ。俺たちは――きっとこれはコウハさんにリリーアンもだろうけど、全員が馬に乗って戦うぐらいの発想しかできなかったんだ。それをこのイェスイは、そこにいきなり大きな船を出現させることを思いついたんだ。そこが凄いんだよ」


 ヘンラックの言葉に殊勝に頷く、女子二人。


「凄い――のか?」

「ああ。戦略というのは、自分達に有利な状況を戦場で実際に戦う前に作り出すこと――ハクオン先生が常々言っているぞ」

「それに戦略にこそ、奇手の入り込む余地があるってね」


 ヘンラックの言葉にコウハが便乗する。


「……聞いたことがあるな」

「ホント、どういう講義の聴き方してるのよ」


 リリーアンが呆れたように呟いて、総菜に手を出した。それを合図の他の面々も次々と箸を伸ばす。思わず会話が弾んでしまったが、そもそもは食事のためにこの店に訪れたのだ。空腹であることは間違いない。


「――話聞いてるだけじゃよくわからなかったんだよ。でも、今は戦ってるからな。何となくわかってきたぞ」


 一人、箸を伸ばさぬままシュウガが呟くと、ウルツが視線を向けぬままに突っ込んだ。


「戦うと言っても、所詮模擬ですよ」

「いや、俺にはこの方がわかりやすい。なるほど戦略っていうのはこういうことか……」


 さらに驚くべき言葉を口にするシュウガを、全員が無視することに決めた。


 いや――


 ただ一人、イェスイだけが相変わらず面白そうにシュウガを見つめていた。


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