第11話 「天才」の予言

 やがて鉄瓶がシュンシュンと音を立て始め、ハクオンは急須にお湯を注ぐ。

 茶葉は決して安いものではないが、この学院の教師控え室では半ば飲み放題の状態だ。


 支給されている茶葉はソーレイトの茶葉の特産地、クーリア丘陵から持ち込まれたもので、一級品ではないがお茶の味はするし、何よりも不足しがちな栄養を補える。節約癖が抜けないフェステンなどはここでお茶を入れて、わざわざ職員用の宿舎まで持って帰っているほどだ。


 ハクオンは盆の上に茶碗を五つ並べて、少しずつ均等に注いでゆき、全てを満たすと車座に戻った。


「……態度がでかい割りには、こういうことはマメなんじゃな」


 とディーデルチが感心半分、呆れ半分といった口調で礼を言いならがお茶を受け取ると、


「これでも寮生活は長かったんでね。年長者に対する最低限の礼儀ぐらいは持っているつもりですよ」

「あ、そうですね、そうなんだ」


 とオークルが今さらながらのことに感心しながら、お茶を受け取る。そしてハクオンが自分の席に再び腰を下ろして、会議は再開となった。


「男共の方はもう能力は決定しておるんだろう? 女子の方は能力値を決めると言っても三人だ。我々が能力値を言って、オークル先生がそれを木札に刻む。当番は作戦馬鹿のハクオンに任せれば、無難ものを作るだろ。それでいいんじゃないか?」


 再開して早々に、ディーデルチが結論を口にしてしまった。

 元々、この学院の教師陣は協調性がほとんど無い。学校の仕事などに構うよりは、自分の研究に没頭したいという者の方が多いのだ。


「作戦馬鹿はひどい」


 と、ハクオンが一応口だけで反論してみせるが、基本的には反論はないようだ。それよりも煙管のタバコ葉が切れた方が重要らしく、それを交換する方に神経を割いている。


「能力値の方はどうぞ言ってください。木札は私が作るしかありませんから」


 二台ある「戦力判定機」は机ほどもある巨大な機械で、模擬戦に参加する生徒達の持つ木札を差し込む箇所が六カ所ある。


 三カ所ずつ男子と女子に割り振られており、木札に刻まれたくぼみや切り込みから双方を比較して、結果を出す仕組みだ――とオークルは説明するが実際に理解しているものはオークルだけしかいない。


 ただ、全てを手でやっていたときと変わらぬ結果が出ているので、機械の性能そのものには疑問は提出されていない。


 木札を差し込んだあとは、判定機の横の車輪をくるくると回すと勝手に計算して、どちら側の戦力をどれほど削ればいいかを示してくれる――というわけである。


「オークル先生助かります」


 と言ってフェステンが数値を書いた紙をオークルに差し出す。


「礼を言う」


 コチがそれに倣った。


「オークル先生に面倒をかける分、先生の当番は減らしましょう。いくら広場でも気安く発砲されては問題もあるでしょうし」


 能力値設定とは関係のないハクオンが煙管を吹かしながらそう告げると、オークルは小さくなって「すいません」と小さな声で謝った。


「フェステン先生も、コチ先生も俺に任せるからには当番に文句は言わないでくださいよ。特にコチ先生。いい加減、仕事を他の人に任せることも考えても良いと思いますよ。じゃないと後進が育ちません。学院でそれじゃマズイでしょ」

「……善処する」


 コチが珍しく押し込まれる形で同意した。


「にしても、今年は盛り上がっておるの」


 同じく数値を差し出しながら、ディーデルチがそんな話題を俎上に提出すると、フェステンがそれに応じた。


「男子の今年のやり様はなかなか有意義なように思えますね。自分達の正確な戦力分析は戦術案を練るときに有効に働くでしょう」


「あれのおかげで私、大変なんですけどね」

「救護部隊の設立は認めたのか、ハクオン先生」


「俺は言ってくることは基本的になんでも認めますよ。この模擬戦の規約、無茶苦茶ですもの。どうも、女子を好きな格好にさせるためだけに規約が作られた痕跡がある」

「そ、そうなんですか?」


 オークルが自分が強制されるわけでもないのに、自分で自分の身体を抱きしめる。


「救護部隊がある方は回復が五割り増しということにしてます。そのつもりで立ち会ってください」


 他の四人が一斉に頷く。戦略戦術科主任が模擬戦を仕切るのが伝統だ。そのハクオンがやるといった以上、反論するよりも唯々諾々としたがった方が面倒が少ない。


「今年も男子が勝利ですかね」

「いや、それはどうでしょう?」


 オークルの何気ない発言に、ハクオンが疑問を呈する。


「だが男共の方は明らかに熱が入っているぞ」

「それは女子も同じですよ。それに男子はどうも熱の入れ方がおかしいですね」

「おかしいとは?」


 興味を覚えたのかフェステンが水を向けると、ハクオンは火口箱から火を移して煙管に火を点ける。そしてたっぷりと一服した後、


「――恐らく連中も最初は女子の代表者は誰だ、ということを知りたかったはずです。少なくとも俺はそういう風に考えろと教えている。もっとも、そんなことは素人でも思いつきますが」


 うんうん、と他の四人も頷く。


「が、それが難しくなったと判断したところで、連中は自分達の能力値を知ろうとした。これが間違い」

「間違い?」


「相手の情報を知るということと、自分達の戦力分析はまったく違う種類の情報です。しかも相手の情報を“少しでも”知ることと、自分達の戦力を“正確に”知ることでは、前者の方が圧倒的に優先順位が高い」


 ディーデルチの合いの手に、ハクオンがスラスラと説明する。


「今、連中がやることはお互いに闘い合う暇があるなら、はいずり回ってでも女子の代表者を突き止めることです。あれは……そう、自分で出来る範囲の仕事こなして、それで自分で満足するだけの行為です。戦略上、なんの意味もない」


「それで熱の入れ方が違うと」


「小賢しく参謀府の設立などを求めてきましたが、どうせ役には立たないでしょう。そもそも戦略にこそ奇手が入り込む余地があるんです。俺はそれは教えてきたつもりなんですがね」


 懐から竹扇を取り出して、自分を扇ぎはじめるハクオン。自身もまた熱くなりすぎたことを自省してのことだろう。


 フェステンはかつての教え子を感慨深く見つめた。


 手の付けられない問題児ではあったが、それはハクオンが学院の規模を遙かに超えた才能の持ち主であったからだ。

 フェステンの見る限り、ハクオン以上の才幹の持ち主は今の生徒達の中にはいない。


 ということは結局ハクオンの見立てが正しいのだろう。男子が空回りしているということは――


「じゃあ、今年は女子が勝ちますか?」


 とフェステンの思考を読み取ったかのようにオークルが尋ねる。


 彼女自身は今回の男子の目的が「女子に水着を着せること」であるので、心情的に女子に肩入れしているようだ。


 着させようとしている水着があの“ビキニ”でさえなければ、もう少し好意的な物の見方も出来たかも知れないが、オークルにとってもあの格好は裸と大差がない。


「男子がこのまま無駄な労力を使い続ければ論理的帰結として、男子は負けるでしょうね」


 意識して作り出した、冷静な口調でハクオンが告げる。


「では、すぐに済むか?」


 コチが最も重要なところを問い質す。


「あるいは――皆さんも女子代表の能力値はわかるでしょうに」


 その場にいた全員が苦笑を浮かべた。

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