第12話 学食での前哨戦

 いよいよ明日から模擬戦が開始されるという、ギリギリの局面。そんな学食で“それ”は起こった。男子代表と女子寮の一団が偶然そこで邂逅したのである。


 二つ目の講義が終わり、太陽はちょうど真上にさしかかった後無刻の頃。


 男共は普通に食事のため、女子寮側はすぐに講義があるために寮に戻る事もできずに、やむを得ない選択。つまり偶然ゆえに、その瞬間は形成されてしまったのだ。


 男子――ヘンラック、シュウガ、ウルツの三人はすでに食卓に着いており、三人で金を出し合って、野菜と魚介の炒め物、肉団子の甘酢あんかけ、鶏肉の唐揚げを中央に並べて、自分達はご飯を盛った茶碗を片手に好き勝手に箸を延ばしていた。

 男子の定番の食事方法だ。


「シュウガさん、肉ばっかり喰うなら自分の分はもう一皿注文してくださいよ」

「わかった唐揚げは、お前にやる」

「おい、俺の分は?」


 そんな争乱の食卓に、女子寮組が近付いたのは、他に空いた食卓がなかったからだ。男子代表も、その接近にはすぐに気付く。途端に大人しくなって、じっと女子の方を見つめた。


「やあ、コウハさん」


 年長者らしく、ヘンラックが女子寮側の一番の年長者コウハに声をかける。

 だが病気が出てしまっていた。手に持ったお盆の上に乗りそうな程――いや、実際に乗っているとしか思えないほどの、豊かさにヘンラックの目は釘付けだ。


「…………どうも」


 一歩と言わず、二歩三歩と後退しながらコウハが応じると、その代わりにリリーアンが前に出た。


「ちょっと近付かないでくれる」


 リリーアンはお盆の上に汁ソバを乗せており、そのつゆがヘンラックを威嚇するように飛び散った。だが発病中のヘンラックは避けようもせずにひたすらコウハの胸に見とれたままだ。


「何を――するんです?」


 冷静な――あるいは冷静でいようと努めたウルツの声が、油の付いた皿と共に差し込まれた。恐らくは唐揚げを食べ終わった後の皿なのだろう。みごとに汁ソバのつゆからヘンラックを守っている。


「それはこっちの台詞よ! ジッといやらしい目でコウハさんを見て」

「とんでもない誤解です。ヘンラックさんは憧れているだけです。第一、男性が女性に興味を抱かない方がよほど問題というものです」

「そんなのは男の勝手な理屈でしょ!」

「この学院では理屈を教えているのではないですか?」


 睨み合うウルツとリリーアン。すでに自己紹介が必要な間柄ではないが、こうやってまじまじと見つめ合うのは、恐らくはじめてのことだったのだろう。


 やがてウルツの頬が赤く染まってしまった。無理もない。男嫌いが知れ渡っているために遙かな崖の上に咲いてしまった可憐な一輪の花が、目の前にあるのだ。


「ちょ、ちょっと、あなた子供のクセに何を考えてるのよ」


 そのウルツの反応に、リリーアンは過剰に反応する。

 思わず身をよじってしまい、そのために機能的すぎる制服の上からでも――つまり女性らしい曲線がウルツの前に晒されてしまったわけだ。


 それがまたウルツを刺激するのだが、今回はそれが着付け薬の代わりになったらしい。ウルツは辛うじて反論の言葉を紡ぎ出す。


「ぼ、僕は子供ではない。いくら先輩でも失礼な物言いは……」

「あんたたちの視線のどこに礼があるというのよ!」


 こうなるとお互いに一歩も引かない。

 ウルツとリリーアン。そしてヘンラックとコウハ。睨み合いの構図が二つ出来上がる中で、男子代表の残り一人、シュウガはまったく別の行動を起こしていた。


「しっかし少ないなぁ。女の子というのは、それで足りるのかねぇ」

「男子が食べ過ぎなんですよ」


 セツミだけがそれに反論する。


「にしたって少ないよ。あの二人もう食べないみたいだし、つまんでつまんで」


 と、シュウガは自分達の食卓にセツミ、そしてミクリア、イェスイを誘った。

 それぞれ粥に、焼きそば、豚の角煮をお盆の上に乗せている。


「凄いな、肉だけ食うんだ」


 イェスイの選択には、さすがのシュウガも突っ込まざるを得ない。


「……お肉、好き」

「俺も好きだ。そうだ、焼豚も持ってこよう」


 イェスイの返事にシュウガは気を良くして、一瞬にしてその場から消え失せる。それに女子達が目を白黒させている間に、薄く切って盛られた焼豚の皿と、胡麻団子を持って戻ってきた。


 その余りの早業に、チョウカの言葉を思い出す女子達。

 同じ州の人間すら恐れるシュウガの戦闘能力。その一端を垣間見たような気がしたミクリアとセツミが息を呑むが、イェスイは無邪気に焼き豚へと箸を延ばす。


 それを見て反射的にミクリアが、


「イェスイ、そんなにお肉ばっかり食べてちゃダメよ。身体に悪いわ」


 と注意すると、シュウガは感心したように、


「へぇ、優しいんだな。あんた名前は?」

「み、ミクリアよ」

「同期だよな。仲良くしよう」


 と言って、ずずいと胡麻団子を勧めるシュウガ。もちろんミクリアも、女子のご多分に漏れず甘いモノは好きである。だが、ここで誘惑に負けてしまうと昼食に粥だけを選んだ苦労が水泡に帰してしまう。


「ちょっと、あなたもヤオナの人でしょ。どうしてこれ持ってくるのよ。私は中の餡が納得いかないわ」


 と、そこで横から口を挟んできたのはセツミである。そうやって文句は付けたが、胡麻団子を箸でつまんでいるところが矛盾している。シュウガはそれには突っ込まず自分も胡麻団子に箸を延ばす。


「こし餡みたいで良いじゃないか」

「何を言ってるのよ。ヘンナの小豆に比べれば風味から何から落ちるじゃない」

「お、通だね。俺はエナの小豆を食べたことがあるけど、あそこの小豆も負けずに旨かったぞ」

「え? 嘘! 私食べたこと無い。どんなだった?」

「うーんとな……」

「ちょっと待ちなさい」


 シュウガとセツミとで話が弾みかけてきたところで、リリーアンが割り込んだ。

 ウルツと睨み合っていたはずだが、自分のすぐ側で睨み合いを台無しにする事態が進行してしまってはやむを得ない措置とも言える。


 ヘンラックとコウハの方もこの場での最上級生らしく、無難に矛を収めて、それぞれの席に腰を下ろしていた。


「セツミ、なんだってそんなに和気藹々としてるのよ! こいつらは敵よ!!」

「敵だなんて乱暴な」


 だが、そのリリーアンの言葉にいち早く応えたのはシュウガだった。


「俺たちは同じ学院の仲間じゃないか」


 その、あまりに直球過ぎる正論に、リリーアンが思わず怯む。


「そ、そうかも知れないけど、明日から模擬戦なのよ。けじめは付けるべきだわ。それに男子と女子の間には厳然とした壁があるの!」

「確かになぁ。男子はむさ苦しいけど、女子はみんな可愛いもんなぁ」


 それはリリーアンに答えると言うよりは、むしろ大きな独り言だった。

 リリーアンへの答えとしては完全に零点であるが、その場の空気に答えるものとしては満点に近いものだろう。最初の衝突で険悪になった空気が一気に和んでいく。


「特に、この子が可愛い」


 だが、自ら作り出した空気を再び緊張させたのも、やはりシュウガだった。

 シュウガが真ん前に座り、にんやりとした笑みを見せつけたのは――イェスイだった。


 自分が選んだ豚の角煮を頬張って、こちらも幸せそうな笑みを浮かべているが、シュウガのそれとはまるで趣が違う。


 そのまましばらくは、幸せそうに料理の味を堪能していたが、やがて自分に視線が集まっているのを知ると、恥ずかしそうにミクリアの後ろに隠れた。


「……馬脚を現したわね。男はやっぱり男なのよ」


 それを見て、リリーアンが巻き返しを図る。


「まったくだわ。よりにもよって一番小さなイェスイにまで毒牙にかけようなんて……」


 コウハがそこに乗っかった。


「毒牙とはひどい。俺はただ、この子が一番可愛いというだけであって――」

「じゃあ、水着にはしないのね」


 ミクリアがホッとしたように口を挟むが、シュウガはそれに即座に答えた。


「それはする。というか全員する。俺は裸が見たい」

「――シュウガさん。だからそうではないと、何度も言ってるじゃないですか」


 ウルツが半ば諦め口調で、何とか助け船を出すが、すでに女子達が抱いた不信感をぬぐい去るには遅きに失した。しかもシュウガの方にはまったく悪びれた様子が見られないのが、さらに事態を悪化させる。女子の抱いた不信感が、嫌悪感に昇華されるまでさほどの時間はかからなかった。


「行くわよ、みんな」


 コウハが震える声でそう告げると、女子寮組はシュウガに軽蔑の眼差しを向けつつ、その場を去っていった。

 だが、それで恐れ入るシュウガではない。


「おかしいなぁ、誉めたのに」


 心底不思議そうに呟くシュウガの姿を見て、ウルツは自分の作戦にシュウガを戦力として数えることを諦めることにした。どう考えても計算できる男ではない。


 ――そしてヘンラックはそんな中、いつまでも病気の余韻に浸っていた。

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