第4話 赤裸々スケベは裸を欲求

「お前達が割り込んできた理由がそれか」


 チャガが破鐘われがねのような声でウルツの宣言に応えた。ムカ達三兄弟も剣呑な視線の矛先をウルツへと変更する。その圧力にウルツが思わず生唾を飲み込むんだところで、ヘンラックが前に出た。


「いやいや、みんなが面白くないのもわかるんだけどね。実際に完全勝利を達成できたら、何が起こるかはみんなも知らないだろう」


 ヘンラックが前に出てきたことで、場の空気が幾分か和らいだ。

 穏やかな性格で敵を作りにくいので、こういった場の調整役にはうってつけだ。


「ムカさん、ご存じですか?」


 さらに今まで一言も発していないチャガと並ぶ、最上級生のムカにも水を向ける、


「……敵は全部倒す。それが当たり前だ」

「違いますよ。勝利とは敵に敗北を認めさせることです。この学院で学ぶということはそういうことでしょう」


 ジルダンテが、ムカの言葉に反論する。

 それに対してムカが口を開きかけたところで、


「こんな模擬戦で戦略からの話をしてどうする。状況はすでに整っているだろう。で、あるならばムカの言うことにも一理ある」


 チャガがジルダンテの反論にさらに反論した。


 表面上は犬猿の仲のムカを庇った形になるが、ゴールディア人のチャガはソーレイト人の方がより嫌いなだけだ。

 それを知っているからこそ、ムカも鼻を鳴らしただけでそれ以上口を開くこともなかった。


「そうだね。今回は戦略上の条件は整っている。その上での戦術上の完勝を目指すために僕たちが割り込んできたんだ」


 三人の論議をヘンラックがまとめた。


「それで完勝すると、どうなるの?」


 ゴールディア組のオゴアが話を先に進めた。

 人と衝突することが多いチャガの下で調整役を務めることが多いため、ゴールディア組の中でも苦労人だ。ゴールディアでは珍しい黒髪の持ち主で、瞳の色だけは青という、なかなかに目立つ風貌の持ち主でもある。


「ウルツ、用意は出来ているか?」


 そんなオゴアの声に応えるように、ヘンラックはウルツに声をかけた。


「はい」


 ウルツが返事をして予定していた段取りを進める。ちなみにシュウガもその場にいるのだが、ニヤニヤ笑っているだけで何もしていない。

 ウルツによって配られたのは、例の新商品が描かれた人数分の紙切れ。


「なんだこりゃ?」

「旗……?」


 集められた面々が口々に感想を口にするが、誰も正解に辿り着けない。


「これは水着だ!」


 出し抜けにシュウガが叫ぶ。次の瞬間にはウルツがその口を塞ぎ、ヘンラックがその頭を叩いた。この学食には、もちろん女子生徒もいるのである。


 もちろん、この時にはすでに女生徒達は男子達――というかシュウガ達――の企みを察知しているのだが、ウルツはまだそれを知らないでいる。

 だが、そんなシュウガの発言が、集められた九人の心を一気に結びつけた。


 ――そう。


 彼らには“男である”という、国境も何もかもを飛び越えた強力な共通点があるのだ。


「――待て待て。これが水着だとして、それと今回の事態と何が関係がある?」

「いや、確か完勝した場合には女子にこれを着せることが……」


 キュータイクとナブレッドが、その優等生ぶりを発揮して知らず知らずのうちに、シュウガ達の目的を皆に示してしまった。

 その言葉にゴールディアの面々が紙切れを見つめたまま黙り込む。


 ヤオナの三兄弟も想像力を刺激されたのか、元々険しい目つきがさらに険しくなっている。だが、そんな中でも長男が一番先に我に返った。


「――そんなことのために、しゃしゃり出てきたのか?」


 ムカが肩を怒らせて立ち上がり、弟たちもそれに倣った。

 ここで水着につられてしまっては、自分達が周囲に与えている印象を違ったものにしてしまう。多分にそんな計算も働いているのだろう。


 そのまま食堂から出て行きそうな勢いだったが、それを遮ったものがいる。


「そんなこととは何だ!!」


 シュウガがまたもいきなり叫んだのだ。今度はウルツの制止もヘンラックの突っ込みも間に合わなかった。


「あのなぁ! 俺たちが海辺で見てきたみたいな、おばちゃん達の裸じゃないんだぞ! いつも一緒にいる、あいつらの裸なんだ! 見たいだろ!!」


 ムカ達と同郷のシュウガがそれを利用して、さらに畳みかける。


「シュウガさん裸じゃない! 裸じゃないから!!」


 ウルツが手遅れと知りつつも、必死でシュウガを押しとどめようとするが、この段階ですでに秘匿の意味はなくなってしまったと見るべきだろう。

 食堂の女生徒達が、様々な表情でシュウガのことを見つめていた。


 ここを起点にして間違いなく女生徒全体に、シュウガの言葉は広まることになる。

 ウルツにすれば暗澹たる想いだ。


「いやいや、だからね。僕たちがしゃしゃり出てきたのは、そういったことも含めてなんだよ。僕たちが勝者になったことで、九人の指揮権は僕たちにあることになる。だから全部僕たちのせいにしてくれていいんだ――そんな風に教えてもらってきただろ? 指揮官の責任として」


 そしてヘンラックがまたも調整に乗り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る