第3話 目の前にある危機と、危険な十二人
女生徒達がそんな自分たちの危機を知ったのはシュウガ達に遅れること二日――
女子寮は男子寮に比べて施設が充実しており、生徒間の結束も堅いので購買を訪れる頻度が低いのだ。二日の遅れですんだのは、むしろ幸いと言える。
発見者はコウハとセツミ。
コウハが羽ペンの補充に訪れ、特に用もないセツミがそこに付いていったという構図なのだが、手持ちぶさたのセツミがいたことも大きいだろう。
『コウハさん、しばらく来ん内にえらい変な物が増えてますわ。もうちょっとゆっくり見ていきたいわぁ』
店内をぶらぶらしていた、セツミがヤオナの言葉で話しかける。
「セツミ、この学院ではソーレイト語が公用語よ。ちゃんとなさい」
「はーい。あら、これ何かしら」
「どれ?」
ペンに使うのに適したハクレイチョウの羽の束を抱えたまま、コウハがセツミの視線の先に目を向ける。
するとそこには、白地に青い水玉模様が描かれた三角形の布地が三つ。普通に見ただけでは、それが何かを理解することは不可能だろう――よほどのいやらしさがなければ。
ところがその布地は、花入れを思わせる曲面で形成された板に巻き付けるように綺麗に展示されていた。
それがコウハの視覚記憶力を刺激したのだろう。もしかすると鏡の前の自分の姿に重なったのかも知れない。
――だからその三角形の布地の用途に気付くことが出来た。
「ヒィ!」
その瞬間、コウハの唇から悲鳴が漏れる。
無理もない事だった。
彼女はヘルデライバに通う女生徒の中でも最大級の胸の大きさを誇ってはいたが、彼女自身はそれに劣等感を抱いていた。そのため胸部どころか肌の露出さえも嫌うほどに防禦は堅い。
今も制服姿のコウハが見せている肌は、首から上と袖から先の僅かな部分だけだ。
「コウハさん、どうしました?」
「流石に優等生だね、コウハ。これが何かわかるんだ」
コレアキが他人事のように声をかけると、コウハはうめき声と共に、
「……信じがたいことですが、衣服の一種――水着?」
『水着!』
コウハの答えにセツミの方が母国語で思わず驚きの声を上げ、三角形の布きれと自分の身体とを見比べて、ようやくのことで理解した。
『こ、こんなん、ありえへん! 無茶苦茶やないか!』
「いやいや、これが本当にある衣装なんだよ。ビキニって言う地域の衣装でね。ヘンラックたちは感心していたね」
セツミのヤオナ語の叫びに、コレアキが答えてみせる。その事実に気付いたセツミは思わず口元を抑えるが、コレアキは何も言わずに手を振ってそれに応えた。
一方、ただで済まなかったのはコウハの方だ。
「……男子も知っているんですか?」
「これはむしろ、男子が買うと思って俺は用意したんだぜ」
「何とおぞましいことを――待って、確か模擬戦規則には……」
「いやいや、呆れた優等生だねコウハ」
「コウハさん?」
会話について行けないセツミが、説明を求めてコウハの名前を呼ぶ。
するとコウハは緊張した面持ちで後輩の顔を真っ正面から見据え、自分に言い聞かせるようにして、説明をはじめた。
「模擬戦には通常の勝利と、完全勝利があるの」
「完全?」
「女子の完全勝利は男子生徒側代表九名の完全撃破。これによって得られる権利は、休暇で帰るときや、卒業したときに女子は男子を荷物持ちに出来る」
「あ、それいいじゃないですか!」
と、セツミは弾んだ声を上げる。
男子は手荷物一つで乗り込んで、増えるものと言えばせいぜいが書籍の類なのだが、女子はここでの暮らしが長くなればなるほど荷物が増える。
セツミなどはまだ四年次生なのに、帰郷の度に荷物をまとめ、それを運ぶのに苦労していた。行きも帰りもである。
「それぐらいのこと、何の利点にもならないわ。男子が勝ったらどんなことになるか……」
コウハの声が震えている。さすがにセツミにもその緊張感が伝わったようだ。
「――男子が勝った場合は?」
ゴクリと生唾を飲み込みながら、セツミが尋ねる。
「女子は男子が選んだ水着で、共に砂浜に出ること――」
忌々しげにコウハは呟いた。
*
そして男子寮代表決定戦が終わり、ビキニの第一発見者達がその座を獲得した翌日――
学食「リダーダッグ」
学内にある唯一の食堂であるために“学食”と呼ばれているが、その実は普通の食堂と大差はない。
取り仕切るのはソーレイト出身のイイン。
「食文化はソーレイトに一日の長がある」
が、イインの主義主張で出てくる料理は全てソーレイト料理。そのために他国出身の生徒の評判はいまいち良くないが、価格はどこよりも安く、そして味も一級品であるために学生達が一番利用するのもこの学食であるのだ。
そして今――後二刻。
全ての講義が終わり消灯時間までの学生達の自由時間でもある。
それを告げる鐘が鳴る中、男子寮の代表となったヘンラック、シュウガ、ウルツはその権利を行使するために、男子寮の代表を学食に集めていた。
いささか早い時間であるので、まだ食事を摂ろうというものはいなかったが、学食であるので別に無理に注文しなくともいいし、実際終日この学食でとぐろを巻いている学生も多い。
だが、今はそんな雰囲気も完全に破壊されていた。今回の模擬戦における男子寮の代表とは、要するに生徒達の間でも武闘派と言うことなのである。
各々の前に茶碗があるだけの、かなり殺伐とした雰囲気は、学食の一角を人の近づけない禁足地へと変化させていた。
武闘派の代表といえば、まずゴールディアだ。ソーレイトの北方で逞しい馬たちと共に草原を駆け巡っている
あまりにも武に偏っていたために、部族同士の争いが絶えず百年前までは集合と離散を繰り返し、国の形すら出来上がっていなかった。
それを一つの国としてまとめ上げたのは、ハグイト族出身の英雄ボウフェル。
強者には
今、学院に通っている草原の民はもちろんゴールディア人ということになる。猛々しい魂はそのままに。
そしてゴールディア出身の代表格がチャガだ。早くからボウフェルに従っていたモラオチ族出身で髪の色は燃えるような赤毛、眉間に刻まれた深い皺。見るからに気難しそうな容姿の持ち主である。
それに付き従うのが、同じ部族出身のオゴアとテルイ。ゴールディア出身の男子生徒の中でも、最も有名な三人組だ。通常なら「砂浜使用権獲得模擬戦」の男子寮代表としてもっとも有力視されていた一団なのである。
そして、その対抗馬。
チャガ達の斜め後ろに陣取り、斜視じみた視線を草原の民に向ける黒髪を結った三兄弟。
武に圧倒的に偏ったゴールディアでも苦手なものはある。
――海だ。
ヤオナでも特にキュウナ州出身者は水軍と呼ばれる操船技術者が多く、一種の海賊行為に手を染めることも珍しくない。そんな水軍にとってゴールディア沿岸は良い“仕事場”なのだ。
つまり故郷に帰れば、この三兄弟にとっては武闘派で知られるゴールディアのチャガ達とはいえども、獲物に過ぎないのである。
長男のムカから、次男のキサトリ、そして三男のヤフウまでが砂色の制服を無頼に着崩しており、剣呑な雰囲気を周囲にまき散らしていた。
傲岸不遜ではあるが、ある意味行動がわかりやすいチャガよりも、その腹の内がまったく読めないムカのほうが学院内では恐れられていた。
それがまたチャガの気に障るらしく、この二組は犬猿の仲だ。国の事情を学院に持ち込むのは最大の御法度なので、直接の対決こそ無いが、実のところこんな風に同じ場所に居ること自体が希有なことなのである。
そして、そんな状況を利用したのがソーレイト出身の三人組。
ジルダンテ、キュータイク、ナブレッドで、三人とも平民の出身。さらには奨学金を受けている苦学生でもある。
全員がソーレイト人であるため、黒髪に黒い瞳。そして生真面目に同じ髪型をしているので、正直背の高さ以外見分ける方法がない。
ちなみにキュータイク、ジルダンテ、ナブレッドが背の順である。
ソーレイトは文治主義が進んだ国で、武はどちらかというと軽んじられている。
ではどうやって軍事力を保っているかというと、その高い軍事的技術力と執拗さを感じるほどに発達した軍略だ。
事実、このヘルデライバでも教師陣の多くはソーレイト出身者が多い。発達した軍略を修めているのに扱いが悪く――具体的には薄給に耐えかねて――ヘルデライバの高給に惹かれて教壇に登ることが多いのだ。
そんな国の出身だけあって、今度の選抜戦でも策を巡らせてチャガ達とムカ達を「海燕」で鉢合わせさせ、年齢制限で入れなかったテルイとヤフウを各個撃破。そしてお互いにつぶし合った残りを、三人がかりで撃破して意気揚々と勝ちを確定しようとしたところで、
――さらにその上前をはねた一団が現れたのだ。
「今回の模擬戦は真剣勝負になる。僕たちが目指すのは完全勝利だ」
そう切り出したのは、恐らくはそんな最終的な勝利への絵図面を引いたウルツ。小柄な身体には似合わない大きな声で、集まったこれら九人相手に宣言した。
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