第14話 縦深陣に意味はあるか?
ハクオンが扇子を扇ぎながら、女子のあとに付いてくるのを見て、ウルツは参謀府が立案したこの作戦に自信を持った。学院の誇る天才が、こちらで戦いが起こると踏んでいるのである。ただ後退するだけの自分達を見てだ。
ウルツは噴水前にこそいなかったが、早い内に女子代表の前に姿を現している。女子を引きつけるのが目的だから、姿を隠して疑心暗鬼に陥らせては意味がない。もちろん他の代表も順次姿を現す算段になっていて、今はもう全員が揃っている。
ウルツは自分達に追いすがるリリーアンを見つめ、食堂で垣間見た彼女の身体の線が描いた蠱惑的な曲線を思い出す。
ヘンラックの病気に文句を付けるつもりはないが、あの水着が一番似合うのはきっと彼女だ。
今はそれを戦場の地形を想像するように、頭の中で思い描いて我慢するしかないが、この戦いに勝てば実際に目にすることが出来る。
軍師を目指すものは決して机上だけでものを考えてはいけない。
これは大原則だ。
必ず彼女を裸――いや、水着にしてみせる。
シュウガに影響されつつある事を自覚しながら、ウルツは一瞬だけ振り返って、寮との距離を確認する。そして自分よりもさらに寮に近い面子を確認。
――機は熟しつつある。
「チャガさん、ムカさん」
後退しながら、二人の名を呼ぶ。男子代表チームでも成績から考えて最大戦力の二人だ。この二人の動向は三倍増しの女子でも軽視できない。
その無視できない二人が、緩やかな弧を描いてハクオンの押す戦力判定機の、そのまた後ろに回り込んだ。もちろん姿を隠すことはない。女子二人に見せつけるようにしながら、その後を追撃する形だ。
コウハの表情が一瞬強ばったのをウルツは見逃さなかった。リリーアンは露骨に後ろを振り向いたが、そもそもの進行方向には男子が存在している。
ここであの二人の迎撃のために動き出すと、後背をウルツ達がいる方向に晒すこととなる。
(戦力が三倍増しでも、女子は部隊数が圧倒的に数が少ない)
これが参謀府が出した、男子側最大の利点だ。この利点を利用しない手はない。
もっとも挟み撃ちが出来ることが戦う上での有利になりうるかどうかは、担当教師の裁量次第といったところだが――
ウルツとリリーアンの視線がハクオンを中心として交錯した。
未だ学生ッ気の抜けない、若々しい容貌の戦略戦術科主任は……
「「きっと有利だと判定する!!」」
真逆の立場の者が同じ判断を下した。
この場合重要なことは、ウルツの方はそれを織り込んで戦術を組み立てているということであり、一方でリリーアンの方は明らかな準備不足を露呈したということだ。
ハクオンはあくまで実際の戦場では通用しないという解釈で、男子側の規則や能力値についての細かい確認を無駄な行為だと断じたが、今この場ではその努力が男子側を優位に導いていた。
後ろに回ったチャガとムカは、背中を見せている女子二人に戦いを仕掛けることもない。ただひたすらにその背後を窺い、追撃してくる。
今までは女子達が追撃している形だった。だが、ウルツの一手で形勢が大きく変わりつつあった。
女子は今、男子の構築した包囲陣の中に囚われつつあるのだ。
元々戦場に指定されているこの広場は、地平線が見えるほどに広いというわけではなかった。
学生達が運動の講義を受けるのは、男子寮と正門の間にある軍馬の厩舎もある広い運動場だ。食堂も酒保もあるこの広場で、飛んだり騒いだりは元々似合わないのである。
だからこそ行動の限界点はすぐに見える。
戦いに参加しない生徒達が周囲を囲む中、コウハとリリーアンの行く手の視界は、ついに三つの男子寮がほとんどを占めるようになってしまった。制服とほとんど同じ砂色の壁面が二人にのしかかってくる。
被害はまだ無いし、戦端すら開かれていない。
だが大きな違いがある。自分達は無策で、男子側にはどうやら策があるということだ。何か考えがなければ、ここまで統一された動きが出来るものではない。それも喧嘩っ早いムカ達までしっかりと抑えが効いている。
三倍増しという自分達の圧倒的な強さに油断があったのかもしれない。
だが、現実問題として男子一部隊を相手にする分には、どこからどう考えても負ける要素が見つからないのもまた事実だ。
「リリーアン、不安があるでしょうが、このまま行くわ」
「ええ。包囲されてもどこか一角を切り崩せば脱出できる。陣立てを薄くして男子に勝ち目なんかあるもんですか!」
先ほどイヤな感じがする――そう言っていたのはリリーアン自身だ。それを心配してコウハは声をかけたが見事に気持を切り替えている。
罠にかかっているのはほぼ間違いない。だが、その罠を踏みつぶす事は不可能ではないはずだ。
その時、女子達の意図を見透かしたかのように男子達の動きにまた変化が現れた。
今まではある程度まとまって行動していた男子がいきなり散開したのだ。
コウハとリリーアンの行く道を形作るかのように、左右に整列し始める。その一方で後ろに回ったチャガとムカは相変わらず背後を脅かしている。
男子の意図はどうやらこの整列の間に自分達を追い込むことらしい。
だが、それでどうするというのだ?
女子二人に、男子一人では一瞬で勝負が付く。包囲の袋が薄すぎる。
「ここまで来て消極策に出る意味がないわ。目標はウルツ君」
「了解。どうも前からアイツの事気にくわなかったのよね」
女子二人がウルツの前に立って、ついに宣言した。
「「ハクオン先生!」」
二人の声が揃う。
「「戦います!!」」
ハクオンに差し出される三枚の木札。
それを二枚と一枚に分けて、ハクオンは戦力判定機のそれぞれの差し入れ口に入れる。そのまま横の車輪を回そうとしたのを見て、ウルツがたまらずに声をかける。
「せ、先生。その機械他にも色々やることがあったんじゃ……」
「ここまで押してくる間に済ませた」
こともなげに答えるハクオンに、全員が黙り込む。
その返事は、完璧に全員の行動が読まれている事を示しているからだ。
ハクオンは母国のソーレイトに帰れば高級将校どころか、その将校に指示を出す将軍にさえなれる器量と才覚の持ち主である。
その栄達の道を、
「給料が安いから嫌だ」
という理由で断った男だ。
以来、ヤオナからもゴールディアからも誘いは引く手数多らしいが、さすがに母国以外でその力を振るうつもりもないらしく、この学院で燻ったままというわけである。
だが燻ったままとはいえ、未だその知謀は翳ることはないようだ。
参加者全員と、取り巻いている生徒全員の微妙な視線を受けながら、ハクオンは改めて車輪を回す。
その間に女子二人を追撃していたチャガとムカが左右の列に加わっていた。
これで女子二人は男子が作る列の途中で立ち止まる形となってしまった。移動に関する規定が定められていない弊害というべきだろう。
戦力判定機からガタガタ、ギシギシと歯車が動く音がして地面すれすれに空いた隙間から、ポチポチと穴が空いた一枚の紙が吐き出されてくる。
それを見てハクオンは結果を告げた。
「現状維持だ。ウルツの方にちょっと被害が出てるが、大したこと無いし、そのままでいいだろう」
「な!」
コウハが声を上げる。
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