第15話 戦いの闇の中
「そんなはずありません! 女子は三倍増しなんでしょ。どうして一人相手にそんな結果になるんです?」
「そんなはずになるかならないかは、俺が決めるっつーたろうが」
バチン! と竹扇を音を立てて閉じると、ハクオンはイライラしながら煙管を取り出した。
「コウハ。この結果が納得いかないならお前は留年だ」
「ふぇ!?」
実に横暴極まりない。これが天才と全員に認められながらも、生徒達に今一人気がない理由でもある。いや天才だからこそなのだろう。出来の悪い生徒のことをまったく省みないのである。
「俺は男共のやったことなんか、まったく評価しねぇが、なんにもしなかった女共よりはこの戦い有利だよな」
言葉遣いがどんどん悪くなる。
こうなったハクオンに逆らうと、ロクな事がないのはコウハにも学生生活の中で理解できていた。
「よし、キサトリさんを狙う」
硬直しているコウハに代わって、リリーアンが次に攻撃する相手を選択する。キサトリはウルツと逆の列にいて、少しばかり男子寮に近付いた場所にいた。
ウルツを単独で攻めて攻めきれない以上、チャガとムカを攻めるのはどう考えても有効だとは思えない。そんな中、キサトリは比較的与しやすい相手に思えた。
はっきり言って成績は良くない。
その点ウルツの方は一応秀才で通っている。
「ん」
ハクオンはそれに応じて、ガラガラと戦力判定機を移動させて、ウルツに木札を返しつつ、キサトリから木札を受け取って先ほどと同じ作業を繰り返した。
「現状維持」
そして結論までもが同じだった。
女子二人は、ようやくのことで自分達が死地に足を踏み入れつつあることに気付く。
この戦況をもたらした理由は、もちろん“地形”にある。
かつての参謀府での会議の後、男子は自分達が戦うことで化粧石の配置がどんな効果をもたらすかをほぼ正確に把握できていた。
今、女子達がいる白い化粧石の上は謂わば平原だ。騎馬部隊が最大限に力を発揮できる場所である。
一方で男子達が並んでいる化粧石は黄色だった。
地形的には隣接する化粧石と高低差があることを示している。
そして、この場合女子達のいる場所だけが浮き上がっていると考えるよりは、女子のいる部分だけが低いと考えた方が妥当だ。
つまり女子は今、渓谷の細い道に入り込んでおり、男子はその頭上にいてそれを見下ろしているという構図が、この広場に再現されているということになる。
さらに女子にとっては不利なことがあった。
この模擬戦では、特に宣言しなければ最初に率いている兵種は騎兵部隊なのである。
これでは崖上にいる男子部隊には攻撃が届くはずもない。
ハクオンが先に入力しておいた諸条件とは、即ちこういう状況のことであり、だからこそ女子の攻撃は一向に効果を及ぼさないのである。
女子が崖上の男子を攻撃しようとすれば、自分達の部隊を砲兵に変えるのが最も有効だが、そうすれば騎兵部隊の攻撃には圧倒的に弱くなってしまう。
男子が狙っているのはまず女子の兵種変換だろう。
ハクオンはそう考えていた。
そしてそれはウルツの考えと一致する。
業を煮やして砲兵になってくれれば、戦力差が歴然でもいくらでも蹂躙できるとまで考えていたのだ。
だが、軍事学校の生徒三名以上が角突き合わせて戦術を練ったのだ。まさか何もかもが相手頼みのような戦術で満足するはずがない。
このまま女子をさらに男子寮に引きつければ、それこそ一方的に攻撃を加えることが出来る計算があった。
もちろん女子は今まで自分達が来た道を後退することも出来るだろう。
だがその時こそは男子は包囲殲滅戦に討って出る。
もちろん多大な被害が出るだろうが元より戦力差は覚悟の上。果断無く責め立てて、後背から襲いかかる形をとることに留意し続ければ、ハクオンはきっとその優位性を戦力判定機に採り入れてくれるに違いない。
これは甘い見通しではなく、確固たる情報に基づいた予測だと言い切っても良いだろう。
今までの判定は男子の予測したものとまるで同じであり、自分達が戦っていたときの判定からも、包囲している自分達が有利だと確信できる。
ウルツが男子寮「冬」を見上げる。そこにはジルダンテの部屋に揃った参謀が三人いるはずだ。
頭上から、自分達が構築した陣形を見て感無量であろう。
それはまさに軍師としての一つの到達点、
「
を、この場に具現化したも同然なのだから。
そんな中、女子はさらに男子寮側へと歩を進めた。コウハとリリーアンは背中合わせになり周囲を警戒しつつ、あくまでゆっくりと。
急な動きは男子という野獣を刺激するとでも思っているのかもしれない。
とりあえず脇目もふらずに後退しないだけ、完全な恐慌状態に陥っているわけではないだろうが、この状況をどこまで理解しているのかはウルツには疑問が残る。
女子は最初の戦闘から何度か戦闘を仕掛けているが、状況に変化はなく包囲されたままだ。
仮にもこの学院に通う生徒である。
そろそろこの戦いの規則に思い至って欲しい、とウルツは半ば矛盾したことを思いながらも、女子が罠のある地点にまで踏み込んでくるのをじっと待った。
もう少し――
もう少しで、この二人を倒すことが出来る。
そうすれば残る一人はそれこそ包囲殲滅してしまえばいい。
勝ちが見えた。
ウルツはそう判断する。
もちろんその胸の内には、布地の少ない水着を纏った、リリーアンの姿がある。なんと微笑みまで浮かべているおまけ付きだ。
――だが、この時ウルツは気付くべきだった。
本能に根ざした想像に身を任す前に、どうして女子がここまでなんの策もなく、ただひたすらに突進してきたのか――それを想像するべきだったのだ。
策士策に溺れる。
軍師を志すものが、もっとも忌むべき精神状態。
女子と同じく男子もまた、戦場の闇に飲み込まれつつあった。
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