第16話 軍神の降臨

 戦場では誰もが失策を犯す。


 ハクオンは今、学院が貯めに貯め込んだ戦史の分類を行っているが、確かに失策のない戦いは、ほとんど存在していなかった。


 ここ近年での戦上手となればゴールディアを建国したボウフェルだが、彼にしても旗揚げ当時の自分の目が行き届く戦いでは完璧に戦場を支配していても、後年の彼自身が部族の長を配下にして大規模な会戦を行う場合には、必ず失策が付きまとう。

 彼自身が完璧であっても部下までが完璧ではないからだ。


 ボウフェルに限らず、優れた司令官はそういった場合の対応も迅速なものだが、とにかく失策は起きる。

 ましてや、半人前の集団である学生達では失策もやむを得ないところ、と割り切るべきかも知れないが、とにかく双方酷い。


 女子のジリ貧も評価できないが、男子のやり方も評価できない。


(ここから、ヘンラック、ウルツ、オゴアが抜けて男子寮に行く)


 すっかり膠着してしまったために、暇になってしまったハクオンは煙管を燻らせながら、先の展開を心中で呟く。


 そしてハクオンが吐き出す煙と共に、呟いた三人が男子寮に駆け込む。

 その動きに女子達は色めき立つが背中合わせの陣形を崩そうとはしない。


 ハクオンには随分前からその光景が、死地に追い込まれて円陣を組む瀕死の部隊に見えていた。今も陣形を崩さないのは確固たる信念があってそうしているのではなくて、ただ他にやりようを知らないからだ。


 男子がそれを突き崩す、もっとも安易な手段は離れたところからの砲撃になる。


 その砲撃を判定するための女子二人の札はどうせ戦力判定機に刺さったままだ。

 ハクオンは戦力判定機を押して男子寮の玄関前にまで近付いていった。


 ――ただ、わかっているのだろうか?


 そうするごとに男子は自分達がかき集めた貴重な情報を女子に曝すことになり、自分達の情報収集の不完全さが、具体的な被害となって現れると言うことを。


「ハクオン先生! こちらは砲兵に変換します」


 男子が勝利宣言と信じて疑わないその言葉を、ハクオンは暗澹たる気分で聞いた。


「札を寄越せ。女子を攻撃するんだろ」


 うんうん、と熱心にうなずく男子達の目にはギラギラと欲望の光がまとわりついている。


 どのみち、この有様ではまともな戦闘指揮は無理か――とハクオンは半ば達観し、戦力判定機に戦場の情報を入力していく。


 それぞれの兵種ボタンを押し込む。地形ボタンを押す。さらには現状を鑑みての兵卒の統率具合をつまみを捻って加減する。かなりハクオンの匙加減が入っているが、生徒達に文句を言わせない自信はあった。


「先生、今度は先に入力してなかったんですね」


 ウルツが小賢しい口を効くが無視だ。

 ここで自分が入力していなかったことを思い出せれば、自分の失策もわかりやすくなるだろう。生意気な生徒に対してなんともお優しい話だ、とハクオンが内心で毒づきながら、車輪を回す。


 吐き出された紙面はこう読み取れた。


「コウハ、リリーアン共に百の損害」


 ハクオンがそう告げた途端、女子達の顔色がはっきりと変わった。当然といえば当然だ。二人揃っている以上、自分達に損害が来ることはあり得ない――と踏んでいただけにその衝撃はひとしおだろう。しかも動きたくても動けないという、さらなる悪条件も重なっている。


 このまま一方的に砲撃をくわえられて、何も出来ないままその場で消耗していく。そんな状況の推移はほとんど確定的だ。


 だが、その時――


「――兵種変換! 砲兵!」

 

 凜とした声が広場に響いた。


 声の大元はこの戦場を取り巻いていた生徒達の中から。

 だが大体の位置はわかる。何しろ大柄なコチが戦力判定機を引いてそこにいるからだ。


「目標は、ヤオナのちょんまげの人! 一番端っこの!!」


 周りが戸惑っている間に、さらに声は響いた。


「ムカ。木札を寄越せ」


 その指示に従って、コチが重々しい声で周囲を圧しながらそう要求すると、人垣が割れていく。そしてその足下に居る小柄な人影を全員が目撃した。


 朱に染まりはじめた陽光を受けて輝く金髪。

 戦場の興奮にざわめく青い瞳。


「い……イェスイ……」


 瀕死の女子二人が驚きと、安堵を混ぜ合わせた呻きのような声を出す。


 そう。


 残り一人の女子代表は――イェスイだった。


「ムカ、早くしろ」


 重ねての要求にムカが木札を投げると、こちらも状況はすでに打ち込んであったのか、その木札を差し込むとグルンと車輪を回す。

 すると僅かに回しただけで、ポンッと軽やかな音がして、一方の木札がはじき出される。


「ムカ!」


 その結果を見ていたハクオンが叫ぶ。


「お前の部隊は全滅だ。そこで死んでろ」

「……こんな機能があったのか」


 コチの驚いた声に被せるように、再びイェスイの声が響いた。


「兵種変換! 騎兵!」

「まずい!! テルイ、それにキサトリ! 俺と合流しろ! 散開していたら各個撃破される!」


 チャガが叫ぶ。テルイは元よりチャガの配下だ。その言葉に素直に従う。その一方でキサトリはこの期に及んでムカに確認の視線を向けていた。


(最高司令官が設定されていない)


 ハクオンは胸中で呟く。

 指揮系統の混乱は、そのまま敗北に繋がる大失態だ。


「声出して! 戦場では大きな声を出した方が勝つんだよ!!」


 走りながら叫ぶイェスイ。

 その駆け抜ける速度も尋常ではない。


 元より膠着した戦場になれていたせいもあるかも知れないが、人垣をぐるりと回り込む効率の悪い進路を辿っているのに、気付けばイェスイはチャガの後背に回り込んでいる。


「な、な……!」

「砲撃続行!!!」


 チャガが慌てる一方で、ウルツはむしろイェスイの声に気付かされたのか、自分達の有利を思い出したらしい。

 ハクオンは煙管を燻らせて、つまみを捻るとまた車輪を回す。


「女子二人に、損害百五十」


 いよいよ追い込まれる女子二人だが状況はすでに変化していた。


「戦闘開始! チャガさん!!」


 さすがに同じ国出身の先輩の名は知っていたらしい。後背を取ったチャガに向けて戦闘を宣言する。

 だがチャガの立つ化粧石の上にはもう、テルイとキサトリが間に合っていた。


 木札を要求するコチに三人が木札を差し出すと、それと同時にハクオンから声が上がる。


「コチ先生、つまみを左に五十」


 それがどんな指示なのかは生徒達にとってはわからないが、結果はすぐに示された。

 三つの木札が、車輪が半周する前にポンポンポンと連続ではじき出されたのだ。


「…………!」


 もはや一同は声も出ない。


 ただ圧倒的な力。


 その具現化した力がそこにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る