第17話 軍神と道化師
「ハクオン先生、さっきの指示は?」
あまりに理不尽な結果に思えたウルツが、ハクオンにその理由を求める。
「イェスイは兵種を騎兵だと宣告していた。つまりその最大の武器は衝突力だ。だから先に戦いを宣言したイェスイに利があると判断した」
「そ、それはわかりますが……」
一撃で男子全員が全滅させられるのは、どうにも納得がいかない。
女子一人に、男子三人。
これで戦力は拮抗するはずではなかったのか?
「コウハさん撤退するわ! イェスイに合流!」
気力を回復したリリーアンが叫ぶ。
すでに戦場は変化している。
ヘンラック、ウルツ、オゴアは男子寮に。そして断崖の上から女子を見下ろしていた六人のうち、四人までもがすでに倒されている。
女子に近いところにいるのは、シュウガとヤフウだけだ。
「砲撃!!」
ヘンラックが叫ぶ。ハクオンが車輪を回す、
「女子に被害、二百五十」
あと一撃も放り込めばコウハとリリーアンは壊滅するだろう。だが、すでにその一撃は遠いものとなりつつある。
圧倒的な身体能力を持つイェスイが二人に合流しようと、向きを変えたところだ。そして女子二人も包囲網が解けていることで、立ち直りつつあった。
ほんの一つ――ほんの一つだけ、化粧石を移動するだけで射程から外れることが出来る。
「追撃だ。あそこまで兵力を減らせば、向こうだって反撃はろくろく出来ない」
ヘンラックが声を上げ、ウルツとオゴアがそれに頷いた。
ここまでコウハとリリーアンが疲弊している現状を見逃す手はない。
男子寮を出て、コウハとリリーアンに迫る三人。
「兵種変換、騎兵!」
イェスイが二人に合流する前に叩く。
男子達は気付かない――それが思考硬直に陥った状態であるということを。
(男子が全滅か)
それを冷酷に見抜いたハクオンは、明日からの予定を組み直した。いやその前に、広場の端から端まで戦力判定機を引きずり回らせたコチから重くて下腹に来る一言を貰うのが先か。
そんな事を想像していたハクオンの目の前で、男子にしてみれば予想外、ハクオンにしてみれば当然の行動をイェスイは選択する。
イェスイはコウハとリリーアンを無視したのだ。
男子寮という地の利を失った三人は、イェスイにとってはただの獲物だ。
そしてこの三人を倒してしまえば、コウハとリリーアンも悠々と逃げることが出来る。
戦略的に考えても戦術的に考えても、満点の判断だ。
今、通っている学生の中でハクオンが唯一認める天才――それがイェスイなのだ。
そして女子が無策に戦いを仕掛けてきた原因でもある。
なにがあっても、イェスイの存在だけで男子を圧倒できると知っているからこその、突撃だ。
ヘンラック達も悟った。
ほんの一手、そしてただの一人の登場で、女子達の死地が自分達の死地へと様変わりしてしまっている。
ここで自分達は全滅する。
迫り来る小柄なイェスイを前にして、安穏の街から出撃し無防備な姿をさらけ出してしまった三人は、自分達の迂闊さを呪い、そして自分達の未来に絶望した。
その時――
「つーかまーえーたっ!!」
イェスイの背後に突然人影が出現した。
イェスイ自身の移動速度も普通ではないのだ。その普通ではないイェスイの背後に突如として存在できる馬鹿げた身体能力の持ち主。
――シュウガだった。
これにはさすがのハクオンも驚きの表情を浮かべている。
突然出現したのも驚きだが、シュウガの一手が男子を生き延びさせる一手になりうるからだ。
天才、イェスイもその危険には即座に気付いた。
だがいきなり背後に回られたことは、イェスイにしても驚きだったのだろう。反応が一瞬遅れる。そしてその一瞬にシュウガは最善の一手を打った。
「この、チビッコに攻撃」
完全にイェスイの背後を取った上での、宣言だ。
いくら戦力差があろうとも、イェスイの動きを止めることは出来る。
「ヘンラックさん! ウルツ! それにオゴアさんにヤフウも寮に下がれ。この戦いは負けだ!!」
その制止した時間の間に清々しささえ感じるほどの、明朗快活な声でシュウガは叫ぶ。
「俺たちが全滅すれば戦いは終わる。生きてさえいれば機会はある!」
戦場では大きな声を出した方が勝つ。
奇しくもイェスイが指摘した戦場での作法を、シュウガが実践していた。
「シュウガ、木札を寄越せ」
追いついてきたコチが、盛り上がりつつある戦場の雰囲気に流されることなく自分の職務を果たすために、シュウガに要求した。
シュウガは兵種変換を宣言していない。
つまり騎兵のままだ。
その騎兵が背後から衝突力を保ったままで激突した。
地形上の有利不利は働かない。
コチはぎこちない動きながらも、それを打ち込んでいく。ハクオンがやれば早く済むのだが、ハクオンは敢えて座視することを選んだ。
シュウガの起死回生の一撃の効果を高めるには、ここで手早くやってしまっては逆効果だ。
シュウガの檄が効いたのか、つり出された三人と、放置されていたヤフウが男子寮へと向かっている。この様子では無事に逃げ込めるだろう。
「イェスイに損害が十」
そして、コチの声が驚くべき結果を告げた。
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