第27話 矜持の行方
購買部に用があるのは生徒だけとは限らない。
人と変わった嗜好を持つ物にも対応する。それが「アデレベバ・ヒュイ・シキナ」の矜恃である。
「相変わらず高いよ、コレアキさん」
価格まで、そう易々と相談に応じないのも矜恃である。
「煙草を飲むのが少ないんだよ。それにお前の好みは特殊すぎる」
「煙草も無しで、どうやって兵を動かすって言うんだ。やつらの成績が悪いのは、そのせいだな」
何処に出しても恥ずかしくない極論を披露するハクオンに、さすがのコレアキも押され気味だ。どちらにしろこの男に理屈で対抗しようと思うなら、自分の土俵からは出ないことだ。
「求める者が少ないと、こういう小島では必然的に価格は釣り上がる。この理屈がわからぬ、お前さんでもあるまいに」
「わかりますけどね……」
と言いながら、ハクオンは今の騒動と原因となった水着を見る。
今日も今日とて、挑発的な曲線を描く木の板に皇帝紫で染められたかのような、発色の良い生地が、僅かばかりに女性の大事なところ――にあたる部分を覆い隠していた。
「さすがに興味があるか?」
「コレアキさんじゃないんですよ。不特定多数にこんなもの着せて喜んだりしません」
「じゃあ、特定少数ならありなのか?」
「そうですね……」
袖の中にしまっていた右手を顎に添えて、ハクオンは思索に耽る。
「――小さいながらも快適な船を海に浮かべて、そこの甲板にこれを着せた女を寝そべらせます。それを上から眺めるのが理想ですね」
「……なかなかのスケベだ」
「コレアキさんの教えが良いですから」
購買のコレアキと言えば男子生徒のエロの師匠である。
かつてここの生徒だったハクオンもその点については同様で、おおよそハクオンが気の抜いた話をする場所と言えば、学院ではこの購買前ぐらいなものだ。
「おっ母さんの具合は?」
そんなハクオンの油断を見越してのことか、何気ない風を装ってコレアキが尋ねるとハクオンもごく自然に、
「最近は、それほど酷くはないようです。潮風が身体に悪いかとも思ったんですが、フェステン先生のとこの奥さんにも良くして貰っているようで」
「そこだよ」
「なにがですか?」
「俺が言えた義理じゃねぇけど、結婚して嫁さんに面倒見てもらえば気苦労も減るだろうに」
「母親の面倒を見させるために、結婚するというのは違うでしょう――それに本当にコレアキさんには言われたくない」
「昨日もフェイネルに言われてなぁ……」
わかりやすく落ち込むコレアキにもハクオンは容赦しない。
「俺は学長の味方しますよ。給料も気にかけて貰ってるし、なによりコレアキさんこそ結婚して落ち着いた方が良い。クルラーテに佳い人の十人や二十人いるんでしょ」
「しれっと怖いことを言う奴だなぁ」
言いながらも、これはさっさと帰した方が良いと判断したのか、せっせと棗の中に注文されていた煙草を詰めていくコレアキ。
そんな時、ハクオンが買い求めている物とは天と地ほども差のある高級品の煙草の香りが漂ってきた。
数少ないハクオンと同じ嗜好の持ち主がやって来た証だが、ハクオンのそれとは、煙草の質の格差そのままに、経済基盤の差が天と地ほどもある相手の登場である。
「ああ、おったわ。良かった良かった」
と、煙の跡を追いかけてくるようなフワフワとした声の主は、男子寮「冬」の寮長グロウパー。相変わらずの豪奢な着流し姿で、手には象牙製の長煙管。
そして、その背後には人影があった。
謹慎中のはずのジルダンテだ。
「なんや、緊急の用件や言うから、熱意に負けてウチが監督すると言うことで連れてきました――ハクオン先生、おもうさんは相変わらず、帰っておいで言うてますえ」
「自分達で下した処分は、きっちり守らせたらどうなんだグロウパー」
皇帝が召喚しているという話題は無視して、ハクオンが苦言を呈すると、
「その処分の仕方がまずい、いうて話題になってますやろ。多少は融通効かさんとかえってまずいことになるいう判断ですわ」
こちらも、召喚については拘るつもりもないようだった。ここにジルダンテを連れてきた理由だけを述べると、その場をジルダンテに譲る。
するとジルダンテは勢い込んでハクオンに詰め寄った。
「攻城兵器の使用を許可していただきたい!」
その勢いに巻き込まれることなく、ハクオンはしげしげとジルダンテを見つめた後に、
「確かにそれぐらいしか出来ることはないだろうな。参謀府と言いながら、ウルツに有意義な献策をしたことがないお前達は、そうして矜恃を保つしかない」
あまりにも辛らつな言葉に、ジルダンテの顔が真っ赤に染まるが、ハクオンはさらに機先を制して、
「お前達三人がかりで作るのに三日かかる。よって使えるのは最終日だけだが、それで良いのなら構わん」
このジルダンテ――というか男子の申し出を今回も予測していたのか、ハクオンは何ら思案することなくスラスラと返答した。
その流れるような返答に、ジルダンテが怒りのぶつけどころが無くて戸惑っていると、逆にハクオンがこう問いかけた。
「ところで、お前名前は何だったかな。似たようなのがあと二人いるだろう」
学院きっての天才が、自分達に全くの無関心なのである。
その事実がジルダンテを怒りよりも、哀しみへと導いた。
「……じ、ジルダンテです! それほどに悪い成績を取っているつもりはありません!」
それでも必死に訴えるジルダンテだったが、ハクオンはいたって冷静に、
「成績の良いのも考え物だ。お前は将来、どういった仕事がしたいんだ? 部隊長か? 兵長か?」
「わ、私は作戦立案を……」
「この学院で、基礎を教えるのはその基礎の裏をかくためだ。基礎通りに戦ったら、戦略において優位を占めた者が勝つ。そういう事なら国力が勝る方が勝つんだ。つまりはソーレイトの後ろ盾がないと何にも出来ない軍師様になるんだ、お前は」
情け容赦なく責め立てる、ハクオン。
それは逆に言うと、ソーレイトでは軍師として腕の振るいようがないと、暗にグロウパーに返事をしているようにも思える。
そして学院きっての天才は、それを伝えるためだけにこのように会話を操ったわけではなかった。
それに気付いたジルダンテは、その言葉に隠された情報を読み取った。
「――攻城兵器は効果がありませんか?」
「そんなことは言ってない。自分で考えろ。ただ一つだけ言っておくと、今日フェステン先生は、大砲の移動時間を重さに応じて産出して、移動に制限を加えたらしい。まぁ、これは今日も上から見ている奴がいればわかることだから、特別に教えてやるが」
コレアキの差し出した棗を受け取りながら、ハクオンはそう答えるとジルダンテに背を向けて、教師の控え室へと向かう。
「満足したかえ?」
グロウパーが、煙草の煙を吐き出しながらジルダンテに尋ねると、
「ええ。つまりは攻城兵器を単独で使用すれば大砲の餌食となると言うことですね。もっと他の戦力と組み合わせて、攻城兵器が砦に近付くまでの牽制をしないと……」
「いや、そういうことやのうて……」
自分の国の苦学生の執念を目の当たりにして、グロウパーもいささか押され気味だ。
「よ、皇子様! 話題の商品、水着はどうだい?」
とコレアキが、その隙に三国一の金持ち一家のお坊ちゃんに商売を仕掛ける。するとグロウパーは展示してある、水着をジッと見つめて、
「何や言うほど隠す部分が少なくもないんやな」
と、色々な意味で新鮮な言葉を口にする。
これには戦術を練るのに夢中になっていたジルダンテも、俗世に降りて来ざざるを得ない。
勧めたはずのコレアキにしてもそれは同様だ。勢い込んでグロウパーに詳細を問い質す。
「待ってくれ。じゃあ皇子様は普段はどんな格好を見てるって言うんだい?」
「そやなぁ……敢えて言うなら紐……とちゃうかなぁ」
――この情報は、自分だけが抱えて墓まで持って行こう。
さもなければ、暴走したあの三人組が冷静でいられないに違いない。
どんな戦術を練るよりも、それが何より重要なことだとジルダンテは、そう確信することが出来た。
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